2008.08.15 (Fri)
事情 3
少しまだ迷いがあったから、木の葉 10の内容とあんまり変わらなかった。
そして、少し状況は変わったらしいので・・・・「私のブログ非公開」の理由について、もう少し書いてみようと思う。
本記事「事情 3」では、まけおさんのことについて。
(他の方関連のこともあって非公開にしたので、それは別記事にて。)
黒羊さんの記事: ここまでの流れより、引用。
いわれひこのところで、中畑さんをいわれひこが中傷。
↓
まけおさんが、一緒になって中畑さんを笑う。
↓
まけおさんの記事にmiracleさん、静流さん、中畑さんがコメント。
↓
miraclesさん、根気が続かず撤収。
静流さん、まけおさんの意味不明の言い訳を受けて撤収。
中畑さん、根気が続いて継続。
↓
まけおさん、質問から逃げ、罵倒するために入って来た仲間を頼りに、中畑さんを攻撃。
↓
中畑さんの攻撃も激化。
↓
アカリさんたちが介入。
↓
中畑さんが条件をだす。
>>今後、誰のコメントであれ、まけおさんのブログで私に対する揶揄が放置されるようなら、もう一度最初から始めさせていただきます。
↓
まけおさん承諾。
↓
しばらくして、中畑さんのまけおさんに対するコメントが再び増加。
↓
アカリさんや黒羊も中畑さんに理由を聞く。
↓
結論としては、約束が履行されなかったからであるが、
この時点で、黒羊も何があったか理解していない。
↓
まけおさんの代理人を名乗る人間が、名前出し、内緒コメントなどを通じて、
アカリさんやwakoさん、さららさんを攻撃し始める。
↓
約束の履行に関しては、まけおさんからのコメントが一切なく(内緒は知らない。)、
当事者からかけ離れたところで議論が展開されていく。
↓
wakoさん撤収宣言
↓
アカリさん、Close。(言葉の影響力に言及)
↓
まけおさん、記事を隠す。
↓
さららさんが知っている情報を、すべて公開に踏み切る。
さららさんのブログへの内緒コメントが増える。
↓
さららさん記事を隠す。
↓
今ここ。
それに対するさららさんの記事が、ここまでの流れの補足
実は、さららさんの
記事を隠す、というより、まけおさんと同じ状況にしたんですよね。
まけおさんがブログを止めるなら、私も止める。移転させるなら、私も全然別の場所に移転させる。そういう「決意」の表明、のつもりです。
私も疑問には思った。
私も似たことしていたから、余計に。
まあ、これは余談。
今度は、私から見た「ここまでの流れの補足」をしてみようと思う。
少し、まだ迷いはあるのだけど・・・・でも、まけおさんが態度で明らかにしたことへの補足でもある。
2008.08.12 (Tue)
海風の思い出
二年前の夏、言葉を交わした彼女のことを。
彼女の記録は、私のブログにも、彼のブログにも、残っていない。
彼女自身のブログも喪われてしまった。
彼女が今どうしているのか、私は知らない。
彼女もまた、私がFC2に引っ越して、ブログを書き続けているのを知らないだろう。(それより前に、彼が引っ越してブログを書き続けていることも、知らないかも知れない。)
2008.08.11 (Mon)
意義 2
多分、批判することによって何を目指すかということの違いなんだろう、と思う。
とある事態について、その行為ややり方について批判する。
私は、批判することはよりよいものを創り出す作業にも繋がると思う。
私自身は思いつかないかも知れないけれど、よりよいものはあるという前提で話を進めていく。
そして。
何らかのかたちで相手を、或いは自分を、或いは双方を、或いは閲覧者を変えていくこと。
それが収束や解決に結びつくと思っている。
「論を検証するときは、その論が正しいかどうかを検証するべき」
それもそうだと思う。
でも、人が動くのは論の正しさだけではない。
私は人が動くこと、つまり「説得すること」を目的としたかった。
そして、私は説得するだけの力はないのだろうと思っていた。
力、というより、思い入れ、だろうか。
発される言葉への不快感はあるのだけど、何を目指すかによってやり方は変わる以上、目指すものが理解できないままの批判はできないのかも知れない。
だから「説得」の前段階として、「理解」しようとして言葉を重ねてきた。
少なくとも、私はその積もりだ。
そういう視点に立って話を続けていた。
勢い、論の正しさについてはあまり目が向かなかったのかも知れない。
最終的には正しい論の構築が目的ではなく、事態を変えうる論の構築が目的なのだから。
「事態を変えうる論の構築」には、論者が信頼される必要があると思う。
私が信頼に足る論者かは分からない。
未熟な点は多い。矛盾もしていると思う。
それでも、信頼される為には努力したいと思う。
私が探していたのは、信頼に足る論者。
それこそが事態を変えうる論を構築できるだろうし、「説得」できるのだろうと、そう思っている。
2008.08.11 (Mon)
事情 2
私が暫くブログを非公開にしていた理由は、一言でいうと「言葉によらない会話」である。
またの名を「駆け引き」というのかも知れない。
あくまで、信じていたい自分自身と、周囲を見つめる自分との。
言葉を重ねれば重ねるだけ、互いを理解することから遠ざかる気がしていた。
ならば、言葉を閉ざしたらどうなるだろう?
それを確かめてみたかった。
私への依存を重ねている現状を打破したかった。非公開の場ではなく、公開された場で自分の意見を書いて欲しかった。
私の「影響力」を気にして、私のやり方では「歪んだ解決を導いたし、それを将来に繋げることを危惧した」として、批判していた人がいた。
もしも私に影響力があるのなら、それは何だろう。
質的なものか、量的なものか、様々な人に対するものか、当事者個人に対するものか。
相手の言い分はよく分からなかった。
ただ、それは私が感じる棘故に理解できなかった可能性もある。
ならば、影響力を廃したらどうなるのか、相手の言い分を確かめてみたいと思った。
言葉を閉ざすことで、ある程度のかたちは見えてきた。
それはよかったと思う。
ただ。
見えてきたものの為に、私は自分の求めるものや立ち位置を再構築しなければならない、そう思い始めてきた。
2008.08.09 (Sat)
駆け引き
賢くないからとか、単純からとか、なのかもしれない。
でも、誠実に話し続けていれば駆け引きを用いる必要はない、そういう思いが強い。
だから、駆け引きを見ると、駆け引きを用いられると、駆け引きを用いずにはいられない状況をみると、哀しくなる。
通常に会話するのが困難になった、ということに他ならないから。
駆け引きは、相手を信じていないから用いられるもの。そう見えてしまっている。
駆け引きを用いれば用いるほど、疑心暗鬼に陥るように見えてしまっている。
駆け引きは止めて。
信じてみようよ。
信じたが故に傷を重ねた人にも、そう呼びかけずにはいられないのだと思う。
ある意味、無神経なのかも知れない。
それでも、呼びかけずにはいられない。
2008.08.09 (Sat)
漠然 1
一番近いものは、哀しみではないかと思う。
気のせいかも知れない。
本人には、凄く失礼な発言かも知れない。
だから、今まで言葉にすることはなかった。
「議論は相手を信じていなくてもできる」と言葉を重ねていく影に、血の涙が垣間見える気がするのだ。
信じたくても信じられない程に傷ついて。
相手に合わせることでしか、自分の痛みを知らせる術をもてなくなって。
そうして、言葉を重ねれば重ねる程、周囲には罵られ、自己釈明に向かえばしつこいとそっぽを向かれて。
話し続けることでしか自分を表現できないのに、話し続ければ続けるほど溝は深くなり、誤解は広がっていく。
信じたくて言葉を重ねているはずなのに、いつしか裏切られないために駆け引きを繰り返す。
勿論。
「相手に合わせて」といっても、その解釈を広げ、言葉がエスカレートしていく様は観ていて不快だ。
相手に傷つけられたからといって、それ以上に傷つけるのもどうかと思うし、言葉を見た通りすがりの人たちが毒に当たって苦しむのが分かるだけに、止めて欲しいと思う。
だけど。
私の感じる哀しみ故に。
言葉を躊躇してしまうことは、多々あったのだ。
それを指して「逃げている」という批判があれば、それは甘受する覚悟ではいる。
でも、私は血の涙を感じながら相手を咎めることに、哀しみを感じている。
だから、私はいつしか自らに条件を課するようになったのかも知れない。
休眠の間に、探すつもりだった。
漠然とした思いの納め方。
その上でないと、私が何を目指すのかを再構築は出来ないと、そう思ったのだ。
ただ、探しものが見つからないまま、休眠から目覚めたことを後悔はしない。
会話の中で感じた思いは、会話の中で納め方を見つけられるかも知れないから。
私はさほど賢くはないけれど、他者の会話でヒントが見つけられるかも知れないから。
2008.08.09 (Sat)
再評価はしないのか?(追記あり)
まだ、続けていたのか。
もう訂正が成された発言。
その訂正部分には何ら触れることなく、繰り返される批判。
別のメッセージを伝えているように見えてくる。そういう意図はないはずなのに。
ただ、言い過ぎだと伝えたいが故のコメントで、自らが言い過ぎてしまったが故に混乱が広がっていっているという自覚はあるのだろうか。
再評価を口にすることはないのだろうか?
〜〜〜〜〜
追記。
もう一つ、大事なことを忘れていた。
批判が成された場所。
発言した本人のブログではなく、他者のブログで別の会話をしていたときに唐突に成された批判であったということ。
発言をどこで取り上げるのか自由であるとはいえ、本人に直接批判した方がいい局面でわざわざ別の場所を選ぶ必要はないだろう。
〜〜〜〜〜
関連拙記事:発言の経緯
2008.08.06 (Wed)
意義 1
木の葉として一度は風に流したんだけど、矢張り毒出しとしては不十分だったらしい。
仕方ないか。
ブログ非公開から公開に戻す時期が早すぎたことは、自分が一番よく分かっている。
さららさんのYahooブログの記事 探し物その1・鍵 を読んで、ずっとわだかまりが残っていた。
私が普通に話しても多分しないだろうから、「不適格」といって追い出そうとして、実行に移していたという。
(実行というのは、忍者ブログの記事 沈黙 知的に不誠実 話し合いのススメ 一連の記事やコメント欄のことを差しているのだろうとは思う)
この記事を読んで感じたことは、3つある。
○さららさんにとって、私は「駆け引きを用いて追い出す」相手である。
つまり、普通の会話が通じない、ということか。
話してみもしないで、「普通の会話が通じないだろう」と判断したのだろう。
その判断は早急に過ぎないだろうか。
○そもそも「追い出す」という言葉を使える、そんた立場にさららさんがいるのだろうか。
ごたごたの当事者でなければ使えないだろう。
そして、さららさんは中畑さん関連のごたごたについていえば、第三者である。
○「巻き込まないで」とは、誰に対して向けられた言葉なのだろうか。
中畑さんが他の誰かを巻き込もうとしているとは、非常に考えにくい。
〜〜〜〜〜
携帯から、とりあえず記事をアップしておく。
パソコンが使えるようになり次第、リンクを付けてトラバもする予定。
2008.08.05 (Tue)
発言の経緯
「死ね」といっていいか、とだけ聞かれたら、私は「否」と即答する。
でも、その発言が為されたのならば。その経緯を知りたく思う。
「死ね」といわれるよりもひどく罵られたり、その他酷い扱いを受ければ、思わず過激な言葉が出てしまう。
そういったことには配慮した上で判断すべきと思う。
(そう、場合によっては「死ね」と言われるより酷い扱いを受けることだってあるだろうし・・・・)
んで。
さららさんの場合、に限って言うと。
リアルタイムでは見ていない。
FC2にあった記事を、私は見ている。(忍者の方にあるかは知らない。)
miracleさんの所の「いわれひこ」さん検索も、したことがある。
だから、少しは理解できる。
何より、さららさんは「死ね」という発言を普段からしていないと、知っている。
ただ。
ネットで公開する以上、何も知らない人も見る。
普段からそんな言葉を使う人なのか、それとも「それだけの経緯があった」のかは、分からない。
だから、ある程度の評価は仕方ないとも、思う・・・・。
ただ、「幼稚」とかって言葉も、充分感情的な発言だよね。
そして何より。
いわれひこさんへで、訂正している。
動機はあんまり感心しないけど、何か怯えるようなことがあったのかも知れないし。
ついうっかり、は誰にでもある。
感情的な発言をしても。
不適切だと思う発言をしても。
それを自分で良くないと訂正できる、そこは評価したいと思う。
そして、残ったのは「自分で不適切だと判断したら訂正・謝罪ができる」という事実。
それでも尚理をもって会話しようとする姿勢。
他の、訂正も為されない言葉たち。
そういうことだと、思うんだけどな。
〜〜〜〜〜
追記。
○Sadaさん:勝手に私を故人にしないでくれ。(黒羊さんの所にも似た書き込みしてたよね)
言い訳は拙ブログでしか聞かないよ(笑)
○Tamanegiさん:さららさんはさららさんだし、私は私。比較して論じないでくれるかな。
少し、気分を害したよ(笑)
2008.08.05 (Tue)
流転 2
私は、まけおさんと中畑さんとの間に入って仲介する気は、今のところありません。
まけおさんが出した「着地点」
中畑さんが出した「着地点」
私にとっては不可解な点が多いのですが、それも又ご本人同士の「判断」ですから・・・・
2008.08.04 (Mon)
事情 1
〜〜〜〜〜
関連リンク:
ブログにまつわる奇妙な主張について
↓
RE:ブログにまつわる奇妙な主張について
↓
無宗ださんへ
↓
百鬼夜行
↓
「ダメダメ」について、さらに補足
百鬼夜行 と 「ダメダメ」について、さらに補足 にトラバするつもりです。(yahooはなかなかFC2からのトラバ、しにくいみたいなのよね・・・・出来るといいな。)
〜〜〜〜〜
「不毛な駆け引きの行方」は、拙記事「約束の行方」 コメント欄 を無宗ださんがご覧になって書いた記事だと、思った。
私は無宗ださんとこういう会話をしたことはない。(もっと言ってしまえば、後にあげる拙ブログでの『無宗だ | 2008.07.04(金) 06:20』のコメント以降、私は無宗ださんと直接話してはいないのよね。)
いわゆる「横やり」的な茶化し記事だという認識でいる。
該当コメント再掲。
♪stachyose さんとチェリーさんへ。
本論と違う質問で失礼ですが、よかったら
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/53809067.html#54243831からの2つのコメント(特に二つ目の)
『> 応対者を精神的、肉体的に疲れさせ、「何とかこの状況から逃れたい。」という
> 心理状態に追い込む手口
( * 「もうこれでお終いにしてください」 )
> 嫌がらせを行い業務を妨害する手口
( * 数百件に及ぶ異常な数の連続嫌がらせコピペ投稿によるブログ汚し・荒らし等。
異常な数=2件以上の、連続コピペ投稿 )
そして
> 4 脅し役となだめ役の分担戦術
> あらかじめ脅し役となだめ役を決めておき、脅し役が大声で怒鳴ったり、厳しい
> 言葉で責めたてると、なだめ役が時折りなだめ、あたかも.....味方のようなことを
> 言って錯覚させ、最終的には、なだめ役が....双方の言い分をとりなすようにして
.> ..........結局目的を達する手口
( * 「もうこれでお終いにしてください」 )
---
以上です。
2008/7/8(火) 午後 11:11 [ tkkhkkdmk ] 』
に対するご意見をお聞かせ願えればと思います。
私の「責任」問題にもなりますもので。
アカリ | 2008.07.10(木) 07:05
私が、無宗ださんの書かれた「不毛な駆け引きの行方」の記事を読んで思ったこと。
1.私に対する中傷ではないか?
2.私との約束違反ではないか?
3.自らは「会話許否」しつつ、私のことを取り上げるのは卑怯ではないか?
それは今でも変わらないので、記事にしてみる。
以下、補足説明。
2008.08.04 (Mon)
流転 1
今までのように皆さんと交流したいんですけども…
人の行動を勝手に決めつける人たちがあーだのこーだの言ってるんですよねぇ…
ま、言ってるだけならいいけれど(見なきゃいいだけ)
人によっては、「私はこうした方がいいと思うの、こうやってみて」とか内緒でだらだらと書きこんでみたり…
勝手に「○○VSまけお」な〜んて記事書かれて…非常に迷惑。
私には【VS】扱いされる謂れはありません。
勝手に当事者にしないでいただきたい。
こちらで勝手に書き込み再開した人のことは、そんな書き込みはもちろん見ていないし相手にする気もありません。
理由があるらしいけれど私にはわかりません。
たとえば私にルール違反があったとしても…
「こうゆうルール違反をしただろう」と一度も具体的に言うことなく、つきまといを復活させられては、こちらに非があっても謝罪することもできません。
ってか、いろいろ話し合っている人たちは「抽象的表現」で話し合うのが得意なのか、ブログはそもそもそうゆう特性があるのか?時々よそ様のところへ出かけて行って見ていてもわからないことが多いです。
もっとハッキリ言ってくれよ〜!
それ、何の事〜?
てなもんです。
で、読んでも分かんないしくたびれるので行きません。
それでいいや、と思ってます。
で、わからないのはお前がバカだからだ、と「馬鹿」とゆう言葉が大好きな人に言われそうですが…
馬鹿で結構。
それがなにか?
フツーに生きてフツーに税金も払ってフツーに人と交流してますので馬鹿でも困りません。
だから、抽象的表現で議論を戦わせている人たちの会話はわからないしわかりたくもないです。
で、つきまとい行為をやめない人とは、話したくないから話さない。
少なくともここ(まけおブログ)での大原則ですので。
よそ様のブログや常識は知りません。
でもここは私の場所ですから、Yahoo規約に違反しない限り好き勝手にブログ運営することを咎められる覚えもありません。
この二年間、振り払っても振り払ってもつきまとって来る人のことをあちこちで見かけます。
有名な人なんですねぇ…
あれがあの人のブログのってゆうか、ネットの楽しみ方なんだろうな、としか私には思えません。
で、私にはあんなことはちっとも楽しくはないので相手する気はないとゆうだけです。
相手したい人が相手してあげれば?と。
私としてはだ〜れも相手しなければいいのに…と思いますが、あ!それは私の考えであって押し付けるつもりはありません、念のため。
〜〜〜〜〜〜
まあ、どんな結論を出そうが、まけおさんの自由。
でもね。
私は、この「約束の破棄」どっちもどっち、という気がしている。
私のブログで「理由」を聞いていた時は、なんとなく理由の想像は出来る気はしていたんだけど、でもよく分からなくて、「約束」関係者として聞いていた。そのつもりだった。
(まあ、「約束」自体はまけおさんと中畑さんとで成されたものではあるんだけど・・・・そこに関わった自信はあるんだよねえ。だもので、約束が破棄された理由を聞きたかったのだ。)
でも、中畑さんは核心部分は答えない。
それは、当事者たるまけおさんが聞いたのではないから。
まけおさんも、中畑さんには直接尋ねない。
それは、自分には心当たりはなく、中畑さんの約束破棄と思っているから。
互いが互いのことを「約束違反だ」と思って行動すれば、そりゃ、話は平行線だわ。
もしも、だけど。
まけおさんが直接、中畑さんに「私は約束違反はしていないつもりですが、どうしたのでしょうか?」
と尋ねてみたら、事態は変わっていたのかも知れない。
中畑さんが直接、まけおさんに「こういうことは約束違反ではないかと思いますが、どうしたのでしょうか?」と尋ねてみたら、事態は変わっていたのかも知れない。
そういうふうにだれかが介入できたら、よかったのかも知れないけれど。
私は休眠していて気がついた。
さららさんはそういう介入はしないだろう。
そして、私の思いつく限り、中畑さんとまけおさんの間に立って仲裁しそうな「お節介」はいない。
(stachyose さんやチェリーさんは中畑さんの約束破棄を「追及」はしていたけれど、多分「仲裁」しようとは思ってなかったと思う。)
だから。
以前の状態に戻ったのかも知れない。
いや、まけおさんも中畑さんもよりかたくなになったのかも、知れない。
そうして、又繰り返されるのだろうか。
「相手を信じていなくても議論は出来る」
以前、中畑さんはこういっていた。
「議論」はどうか知らないけれど。
少なくとも、互いが互いを信じ切れなかったから、約束は破棄されたように思えてしまう。
どうして、互いの真意を聞いてみようとはしないまま、双方が結論を出してしまったのだろう。
そう思うと、やるせない。
〜〜〜〜〜〜
追記。
ここまでの流れ と ここまでの流れの補足 にトラバしたんだけど、今のところ反映していませんね。
又やってみます。
2008.07.31 (Thu)
木の葉 10
時間がなくて書けなかった記事を幾つか書いてから。
そうしたら、自分の意思で起きるつもりでいる。
「薄桃色の鍵」を持つ者という、他者に条件を委ねることなく。
これを、最後の一葉とするつもり。
〜〜〜〜〜〜
そもそも、「ブログ認証」は自らの言葉をふさぐだけでなく、他者のコメントをふさぐもの。
会話としては「奥の手」というのは、承知していた。
自分でも、やるべきではないと思っていた手段。
それでも、これしか手はないと思った。
だからしたまで。
言葉による会話では話が通じないから、別の方法を試してみたいと思った。
それが、第一義。
私のあまり好きではない「駆け引き」の一種だったかも、知れない。
でも、他に方法が思いつかなかった。
もし相手の言う状況になれば、どうなるだろうという好奇心もあった。
失望もあった。(どこかのコメント欄では、「私は失望して言葉を閉ざしたわけではない」と書いたけれど・・・・正確には「失望だけの理由で言葉を閉ざしたわけではない」だね。)
閉塞感を感じていて、それを打破したいとも思った。
少し休みたいとも思った。
視野が狭くなってきている気がして、それを何とかしたくてあがいた故の行為だった。
(少し傍迷惑な休み方だったと、それはすまなく思っている。)
いろいろな思いがないまぜになった、休眠。
本当は、別に結末を用意してはいたんだけど、そういう訳にもいかないらしい。
というか。
そうしたくはないと、私が思った。
それは、「責任」という言葉だけでは置きかえられないと、そう思っている。
私が伝えたく思うから、伝える。
ただそれだけ。
2008.07.15 (Tue)
とある記事での私のHN
なんだか、意味なく私のHNが出ている。
(そして、その事実からあることを推測した人もいるかもしれない。ま、ここについてはノーコメントということで。)
ま、少し、自己主張しておこうっと。
冷たい社会。残酷な社会。自己中な社会。無関心な社会。より。
wakoさんも私はきちんとこたえているのに、結局、私の質問に答えていません。
あなたのやっていることは、どれだけ「効果的」かということです。
それについての答えをお聞かせください。
2008/7/8(火) 午後 3:28 カイザー(一部抜粋)
「効果的」な方法があれば、誰かが実践して、もう「収束」しているはずです。
そうでない以上、私は私の方法で「収束」を目指します。
「効果」をあげたいとは思っています。
ですから、ご意見があればお聞かせください。
・・・・ああ、「削除・無視」というのは、一つの方法ではありますが、嵐が通り過ぎるのを待つだけという、受け身かつ相手任せではありますね。それも「効果的」といえないとは、思います。
軌道修正 そして、「中畑さん vs まけおさん」問題より。
ちゃんとあかりさんにも、うちは毎日平均500人ほどきていて、コメントもかなりあり、ブログランキングでもコメントで30〜50番ぐらい、総合でも100位以内に入っています。
ここで私が「 wakoさんについて触れる」ということは、ただでさえ敵が多い wako さんがますます四面楚歌になるという可能性は低くありません。
2008/7/10(木) 午後 4:32 カイザー (一部抜粋)
ランキングとか、訪問者数とかを気にされるのですね。
でも、それと主張のよさとは無関係とは思います。
(また、私のHNを出す意味が分かりません。YahooとFC2を比べても意味がないでしょうし。)
私がこだわっているのは「2次被害、3次被害が生じたら、フォローしてください」という1点のみです。
一貫していい続け、ブレていないつもりです。そして、私が今までブログを死守しようと
していた理由の1つもここにあります(あかりさんにも同じ事をいってます)。
2008/7/11(金) 午前 7:40 カイザー(一部抜粋)
というか・・・・どうして「2次被害、3次被害のフォロー」を、第三者のwakoさんや私に依頼するのか(その理由は「中畑さんを擁護しているから??」)不思議です・・・・。
もしも、「荒らし」にあっている、と仮定してですが。(私は「荒らし」にあったことがあります。だからこそ、中畑さんと「荒らし」との決定的な違いも分かります)
まず、機能的に可能な範囲で、延焼を防ぐべきと思います。
私自身、中畑さんが拙ブログに来ているから、その為にどんな人が来るか分からない(その中にはブログを荒そうと考える人もいるかもしれません、「中畑さんを非難しない」という理由で。)から、お気に入りリンクを非公開にしています。
カイザーさんもそうですし、他の「当事者」の方々も、「お気に入り」は公開したまま・・・・それに矛盾したものを感じます。
2次被害、3次被害のことにまで意識が及ぶなら、自助努力は当然でしょう。
そして、ブログについての知識をお持ちと思われるカイザーさんがその「自助努力」をしないまま他人にフォローを依頼するのは順序が違う、そう思います。
できる範囲であれば、「2次被害、3次被害のフォロー」はしたい、そうは思います。
ただ、それは自助努力が見られた上で、そう思います。
そして、私はカイザーさんのブログの読者ではありませんし、交友関係も分かりませんので、気持ちはあっても行動は伴わない可能性があることをご了承いただきたく思います。
〜〜〜〜〜〜
ただ。
中畑さんへ。
いくら、カイザーさんが中畑さんに直接話さず、wakoさんに話すからといって。
別のカイザーさんの読者(中畑さんのことをそもそも知らなかった方々)にまでコメント入れるのは、コメント内容によっては「やりすぎ」ではないか、そう思います。
〜〜〜〜〜〜
wakoさんのところにトラバを送ろうかとも思いましたが、『一言メッセージ :通常の記事に戻ります。』とのことなので、送りません。
2008.07.15 (Tue)
約束立会人として
私は。
ただ、どうして約束が為されなかったのか、知りたいと思った。
第三者としてというよりは、もう少し強く。
もしかしたら傲慢かもしれないけれど、まけおさんの所の私のコメント、そしてそれを受けての中畑さんのコメントが、着地への足掛かりとなった、そう思っている。
だからこそ、立会人としては不可解な点があったから、まけおさんと中畑さんの双方に確認したい、そう思ったのだ。
(まあ、それこそ「よけいなお節介」なんだけど(苦笑))
私は、まけおさん自身に解決を模索して欲しいから、あえて言わなかったこともある。
「一言」を私や別の方々がまけおさんに伝えても、その一言を強制したことにはならないという意見もあった・・・・でも、私はまけおさんに自分の言葉を見つけて欲しかったのだ。
また、他の人が話すことにより、誘導するような見え方になることも考慮した。実際、私が「なだめ役」として役割分担をしているという見え方の人達もいるんだもの、私が「一言」を口にしたとしたら、尚更私が加担したように見えるじゃない。
まあ、これは茶々。
〜〜〜〜〜〜
真面目な話。
私は、あくまで立会人として、約束の不履行の理由を聞いていた、そう認識している。
理由がはっきりしたら、新たに当事者間で約束を交わせるかも・・・・そう思ったのだ。
でも。当事者ではない私としては、理由をはっきりとは問い質せないのかも知れない。
中畑さんが当事者としか話さない、そう決めているのなら、だけど。
今のところ、中畑さんの誠実さを信じて質問を重ねている、そういった感じかな。
〜〜〜〜〜〜
ただ。
ふっと立ち止まって、思うこと。
批判だけでは、人を動かすことはできないと思う。
そして、人を動かすのに大切なもの(その一部なのかもしれない)の輪郭は見えてきている。
ただ、それを掴むことができないのは、私にまだまだ足りないものがあるのだと思う。(あるいは、掴めないのは私の弱さ故か?そうかもしれない、と思う。)
もう少し、考える時間があれば。あるいは。
ただ・・・・当事者の片方(あるいは双方)を苦しめる可能性があるなかで、私という第三者が騒いでいいのだろうか、という気もしている。
