2008.06.30 (Mon)
足跡帳2008年6月

このブログにコメントされるに当たっての注意書き。
コメントは、お返事が遅くなることがあります。
ご了承くださいm(__)m
※中畑さん関連記事へのリンクはこちらです。
解決への「模索」
(というより、PCからの方だと、「最近のコメント」欄の方が分かりやすいでしょうね(苦笑))
6月7日
まだ、梅雨入りはしていない、と思うのだけど、雨の日が多くなってきました。
んで、聞いてみたいこと、二つ。
1)父の日に何かしますか?(または、自分が「父」で何かされますか?)
旦那に何をしようか、まだ思案中。
当日(15日)は私一人、所用で出かけるし・・・・。
2)雨の日の思い出は、何かありますか?
6月14日
6月7日分の訂正。
うちの地方、梅雨入りしていました(^^;)
新聞・ニュース見ていない証拠だな(^^;)・・・・すみません、変なこと書いて。
ここ一ヶ月ほど、休みの日にも仕事があったり、子ども関連の行事が多くて、殆ど休みにならない(苦笑)。
今日も明日も一人で外出・・・・まあ、明日で一区切りつくから、頑張ろう♪
家で待っててくれる子どもと旦那、ありがとう!
(旦那の休日出勤が今週はなくて、本当、よかった・・・・)
6月26日
父の日に、梅酒と梅ジュースを漬けました。
写真は、大分前にとったものです。
梅干しも漬けたくて、小梅を探していますが、見つかりません。
時期はずしたかな(^^;)
〜〜〜〜〜〜
以下、過去掲載写真です。
2008.06.28 (Sat)
知的に不誠実な批判
私は「知的に不誠実」ということ、「不誠実」ということ、そのあたりが実はよく分からないでいる。
「こういった論は間違いである」というのを自分で展開するのなら、別に名指しにする必要って無いのではないか、とも思う。
ただ、対話者がいて、その対話者に向けて発する言葉であるのなら、名指しをしない批判は「不誠実」ではないかなあと思っている。
その言葉が他者に向かうものなら名指しの方が誠実だし、自分への内省に向かうものなのなら名指しである必要はない、そう思っている。
〜〜〜〜〜〜〜
名指しをしない批判は「反論」できないから、不誠実、ということだとは思うが・・・・自らの内省に向かう言葉に「反論」されると、「内省に向かう」目的とは違う話になるよね・・・・。
(「反論」自体を受けるのは、名指している以上、当然とは思う。ただ、その会話の結果、自らの内省とは違う方向になってしまったり、内省作業自体が遅れるのがどうもなあ、というだけ。)
それとも。
論自体が知的所有物であるから、その批判というのは「○○さんの」論であることを明記する必要があるのだろうか。
知的所有物ではあるけれど、相互に影響しあうものでもある。
○○さんを目の前にしていないときにも「○○さんの△△論は間違っている」とまで名指しする必要ってないと思うのだけど・・・・。
〜〜〜〜〜
私が、議論に疎いからだろうか。
「知的に不誠実な批判」というのがよく分からない。
とりあえず記事にしてみたけど、付箋貼っておこう・・・・。
2008.06.28 (Sat)
言葉を引用するとき
何故なら、それはあくまで「他人の言葉」であって、自分の言葉ではないのだから。
それをしないままの引用は、不自然と感じる。
また、言葉を引用するときは、その言葉・そこにある意図を歪めてはいけないと思う。
そのまま引用して通じればいい。
ただ、話の流れの中ででてきた言葉の中には、注釈が必要な場合もあり、その為の校正は仕方がないと思う。
ただ、その言葉の意図が「歪んでいる」かどうか、校正によって言葉を歪めていないかどうかは、自分ではわかりにくい。
だから、検証のためにも、リンク先を明示したり、言葉を発した本人に見てもらったりすることも必要かもしれないと思う。
2008.06.28 (Sat)
沈黙の前に
私宛の批判だったか、やっぱり。
「私の理解の範囲外」といわれた。
会話拒否、ということだろうか、この表現は。
私はどうすればいいのだろう?
会話継続の意思表明、ということで、記事にしてみる。
〜〜〜〜〜
んと。
さららさんYahooブログ 自己責任 で頂いたコメントについて、の記事。
女神属性〜〜反発してしまう事情
Sadaさんへのお手紙
の、続編。
2008.06.22 (Sun)
唇から〜〜Scene 4. Fin.〜〜
2008.06.22 (Sun)
約束の行方
まけおさんと中畑さんは、まけおさんのブログの記事 もうこれでお終いにしてください にて、一応の解決を見た、その筈だった。
(関連説記事:考察 2)
それについては、「歪んだ解決」とも言われたし、事実なのかもしれない。
でも、まけおさんが、中畑さんが、選んだ一つの形であった。
(それについての「私(=アカリ)の責任」を問題視している人も、コメントいただいただけでも一人や二人ではなさそうだけど・・・・その話は別項にて。)
それが、少し変化した、らしい。
2008.06.22 (Sun)
責任は何処にある?
1 立場上当然負わなければならない任務や義務。「引率者としての―がある」「―を果たす」
2 自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと。「事故の―をとる」「―転嫁」
3 法律上の不利益または制裁を負わされること。特に、違法な行為をした者が法律上の制裁を受ける負担。主要なものに民事責任と刑事責任とがある。
発言の責任、というのは1と2の双方の意味があるのかな。
おそらく、相手の意図は、2なのだろう。
私の主張により誰かが動いた。
だから、その行動の責任は、私にある。・・・・か。
私には、詭弁のような気がしてならない。
そして、「私の責任」を主張し、押しつけられている感がある。
あ。
これは、例えばstachyoseさんにも、思うことだけど。
主に別の人宛。
その人は表舞台にはでてこない。
それに、私はずるいものを感じている。
2008.06.22 (Sun)
先入観
先入観(せんにゅうかん)は、対象認識において、誤った認識や妥当性に欠ける評価・判断などの原因となる知識、または把握の枠組みを言う。人間は、通常、直接に対象に出会う以前に、他者の言葉とか、メディアの風説、書物などから得た、不十分な知識や、そこから導かれる対象に対する態度・把握の様式を持っているもので、その結果として、ネガティブな認識や対象に対する評価がもたらされるようなものを特に「先入観」という。
自分のコメント、よく読んでみた。
私の意見は「経験」によるものだから、『事前の間接的な予備知識や評価』ではない、そう思っていたのだけど。
「経験」が、「先入観」を作ることも、あるんだよね、そういえば。
その、「経験」による「先入観」に異議を唱えていたはずだよね、私。
自分の矛盾に気がついただけでも、良かったのかもしれない、私にとっては。
〜〜〜〜〜〜
えっと・・・・女神属性〜〜反発してしまう事情 の、コメントの続き的なエントリーです。
最初に。
自らや自らを擁護する者に向けられたものについては「何をしてもいいわけじゃない」といいながら、他者に向かっては「何をしてもいい」という。
これらは、実際にそう言った人がいるわけではなく、私の見てきた態度・行為から導き出した、私の意見。
言葉では『他者に向かっては「何をしてもいい」』とまで言っている人はいない。
ただ、他の人に対する動きを見ていると『他者に向かっては「何をしてもいい」』のだろうな、と感じるものがあった。
それはあくまで、私の見方。
そのように決めつけたつもりはないけれど、「決めつけた」ように解釈される可能性はあるもの。
だもので、その件は、申し訳なく思っています。
2008.06.21 (Sat)
会話の引用
ごめんなさい、何度投稿しても「コメントの投稿に失敗しました。しばらくしてから投稿してください。」となって、投稿できなくなりましたので、続きはこちらに書きます。
言葉に対する責任 での、会話です・・・・
2008.06.19 (Thu)
一言だけ・・・・
私は誰も巻き込んだつもりはなくて
みんな自分の意思で
言葉を紡いでいるはずだけど
そう、あの人に
あの人たちに
異世界への興味を抱かせたのは
私だと、思うから
あなたは、喜んでくれたよね
私が報告したときに
・・・・でも、あれから少し、状況は変わってしまった
あの人の
あの人たちの
汚された言葉は
あなたには今は見えないけれど
あなたを苦しめたくはないけれど
それでも、私には見えている
そしてその痛みは
忘れたくないと思う
だから、あなたには
今は一言だけ伝えたい
ごめんね
もう少し、待ってくれるかな?
2008.06.16 (Mon)
宿泊訓練説明会
それに、参加したんだ。
場所・日程についていろいろ話を聞いて、その後の質疑応答。
「シャンプーリンスはありますか?」
「ボディタオルは持っていっていいですか?」
などなど。
その中で、だんだん私としては変な質問がでてきた。
〜〜〜〜〜〜
保護者A「携帯(電話)を持っていってもいいですか?」
(ん??持ち物にはないし・・・・学校って、普通は携帯持ってこないってきまりじゃなかったっけ?・・・・まあ、事情によっては黙認されているらしいけど・・・・それって、みんなのまえで言うことでもないような・・・・)
先生「不許可にしています。」
保護者B「無事だという連絡を子どもからさせたいので、施設の電話を借りてもいいのでしょうか?」
(んな・・・・みんながそうしたら、電話回線何本あっても足りないよね・・・・)
先生「もし何かあれば教員の方からご連絡差し上げますし、学校の方へは一日終了時に連絡しますので・・・・」
(以下略)
〜〜〜〜〜〜
保護者C「お金は持ち物の中にはありませんが、何かと入り用ではないですか?」
(訓練に行くだけなのに、何を買うんだろう??)
先生「必要と判断しましたものはこちらで購入させていただくようにはしていますし、紛失等あってはいけませんので、お金は持ってこないでください。」
別の先生「旅行ではありません、授業の一環としてですので・・・・・。」
〜〜〜〜〜〜
よく分からない・・・・宿泊「訓練」だよね?
まあ、私が心配しなさすぎるだけかも知れないけど。
〜〜〜〜〜〜
持ち物については、「できるだけ家にあるものでそろえてほしい」とのこと、だったけど。
ないものって、結構ある。
買い物、買い物♪
また休みの日に家族で行こうっと♪
「買い物」ってだけで、ワクワクする♪
じゃんじゃん買うぞ〜〜(←違うって(^^;))
2008.06.16 (Mon)
女神属性〜〜反発してしまう事情
女性には女神属性を持った人と、ただの人とがいると思います。
女神属性のある人は、
自己充足、自己完結しているので、
何があっても傷つきません。
(最終的には)
○○さんは、傷つけば普通に血をながす人間です。
私は、この言葉がいったい、どういう流れで出たものかは分からない。
引用していた人の言葉から、「議論」についてのもの、らしいとは分かったのだけど・・・・。
だから、もしかしたら私は見当はずれのことを思ったのかもしれないけれど、この言葉がすごく嫌だった。
「何があっても傷つかない」人、なんているのだろうか。
傷ついたとしても。論旨と無関係ならば、それを表に出さずに議論している、その状態をさして「何があっても傷つかない」と評されるのなら、すごく不当だと思ったのだ。
自己充足。自分が満ち足りていること。
自己完結。自分の中では納得して決着している・・・・?
だから、最終的には傷つかない、ということ、らしいのだけど・・・・やっぱり、言葉の背景が分からないから、これ以上のことは分からない。
でも、反発してしまうのは、きっと私の側に原因があるからだろう。
なので、「私の側」について、少し吐いておく。
〜〜〜〜〜〜
上の言葉の意味とは違うんだろうけど、私は「女神」にならざるを得なかった人のことを思い出して、だから反発しているのだろうと思う・・・・。
2008.06.15 (Sun)
言行一致
していること。
それが違う人、ぶれている人は、見ていて見苦しい。
言っていることすら、きちんと受け取れなくなる危険を孕む。
また。
他人評価と自己評価とで、違う基準を用いている人も、見ていて見苦しい。
特に、自分に対してのみ甘い基準をもつ場合には、その人の眼自体を疑われる危険を孕む。
(注記:その人の状況を見て評価基準を変えた方がいい場合もあるんだけど、それは評価を甘くするという意味ではない)
それは、どの場所でも言えること。
相手が誰でも言えること。
〜〜〜〜〜〜
独り言。
そっかあ。
だから私は、見て欲しかったのかも知れない。
教えて欲しかったのかも知れない。
自分を映す鏡として。
私の鏡が曇っているか確認したかった、ただそれだけだったのかも知れない。
今となっては、確認しようがない、のかも知れないけれど。
2008.06.15 (Sun)
茨道
他人を貶める言葉を並べる
何の衣を纏っても
していることは同じさ
あきれてものがいえやしない
正しいという見方は
あくまで自分の見方にすぎない
自分の言葉で、話しなよ
正しければ何をしてもいいなんて
そんなことはないだろう?
自分だけが被害者だなんて
そんなことはないだろう?
省みることもないまま
ただ相手を責めていても
何にもならないさ
後に残るは言葉の茨
傷つくものが増えるだけ
狭量さ故に
誰彼傷つける
茨の道が増えていく
2008.06.14 (Sat)
レッテルを貼ること
もともとは、とある現象や傾向から、名づけたはず。
でも、レッテルを貼ることで、それに甘んじてはいないか?
大切なのはレッテルを貼ることではない。
どう対応すればいいか考え、対応することが肝要である。
自戒を込めて、思うこと。
2008.06.14 (Sat)
言葉の引用
中畑さん関連の諸問題について。
どなたがどのように対応しようが、中畑さん本人と対応するのなら、別にそれはそれでいいと思う。
でも、「他人の言葉」を引用して、それと違う自己主張している感がある。それは、どうかなあと思うんだよね。
だから、記事にして私の意見を書いておく。
2008.06.14 (Sat)
ブログの知り合い、知り合いのブログ
私。
ブログをはじめた二年前(6月末からブログ始めたんで、もうすぐ二年、ということなんだけど・・・・いやすいので、こう書かせてもらう。)は、友人・知人がブログをしている、ということはなかった。
いや、もしかしたらあるのかもしれないけれど、知らなかった。
で・・・・ブログ通じて、ブログでの知り合いが増えていった。
逢ったことのある、人もいる。
オフ会、っていうの、はじめての経験で・・・・ちょっとドキドキしたっけ。
勿論、ブログで交流深めていた方々なんだけど・・・・やっぱ、知らないことも多いわけで。
正直、旦那はあまりいい顔しなくて、それもそうだろうなあと理解もしている。
でも、知人が増えるというのは面白いなあと思うのだ。
だから、逢った。
初対面という感じがしなくて、結構おしゃべりできたと思う。
そして、今のところ、お逢いした方々とは、いい関係を築けているのではないかと思う。
(最近はブログになかなかコメントできないでいるけど(汗))
ただ。
普段は、約束しなければ、全く逢うことはない。
住んでいる場所の関係、仕事の関係、理由は人により様々だけど・・・・「休日に偶然会う」とかっていうのも、ない。
(まあ、今までなかっただけで、これからあるかもしれないけれど・・・・)
だから、何となく「リアルの友人」「ブログの友人」なんて、私の頭の中で区分している、そんな感じ。
で。
知人のブログ。
育児中心、なんだけど、子どもさんも知っているだけに、微笑ましく拝見した。
直接逢ったときに、「私はブログをしているんだよ」って話になるか、どうか。
それは、まだ、分からない。
「知人」というだけで、まだそれほど親しいという訳でもないと思うから。
それに、時々見かけるけれど、立ち話はするけれど、お互いなかなかゆっくり話す時間がとれないから。
ブログで交流できるかどうか、それもまだよく分からない。
先ず、読みたいブログは結構あって、でも時間の制約あるから、なかなか全部は読めないし。
(こういう時、「お気に入りリンク非表示」は少し面倒だなって気分になる。)
あと。ブログ内容の問題。
私のブログの内容、いちおう看板(PCから見たときのブログ説明文)は、『主婦日記(仕事もしてますよ)、詩歌、ちょっと真面目な話など、気の向くままに書き綴ります。(最近、『※コメントへのお返事は遅れると思います。ご了承ください。』の文を加えた)』なんだけど・・・・主婦日記、最近はあんまり書いてないもんなあ。
ほのぼの系の記事、読むの好きだし、コメントするのは大好き。
でも、自分ではなかなか書いてないね・・・・理由は特にないのだけど。
ブログの知り合い。
知り合いのブログ。
・・・・面白いね。
2008.06.07 (Sat)
「対話」のない社会 を読んで〜〜1.<対話>とは何か
以前読んだときは、他の人のブログで「勉強会(笑)」しながら、就職活動(笑)真っ最中だったんだよねえ・・・・その頃の会話を思い出しながら、読んでみた。
んで。
最近まとまった時間がとれないこともあって(苦笑)、本の内容を大きく三つに分けて、感想文を書いてみる。
1.<対話>とは何か(本記事)
2.<対話>の敵
3.<対話>を圧殺する風土
今回は、1.<対話>とは何か、について。
<対話>とは自分の人生を背負って生きること。


