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2008.07.18 (Fri)

言葉の責任・・・・って?

責任って、何だろうか。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 責任 より。
(法的責任については、今回の思考とははずれるので、省略)

社会的責任
○結果責任:
結果責任(けっかせきにん)とは、ある行為によって発生する結果に対する責任のことである。原則として全ての行為において結果責任が発生するが、ある行為を行った者と責任を負担する者が常に一致するわけではない。

○自己責任:
自己責任(じこせきにん)という言葉は現在多義的な言葉となっている。

第一に、「自己の危険において為したことについては、他人に頼り、他人をあてにするのでなく、何よりもまず自分が責任を負う」[1]という意味がある。「お互いに他人の問題に立ち入らない」という価値観によるものである。アメリカ社会における国家観に立脚した行政改革・司法改革による事後監視、事後救済社会における基本原則の一つである。もっとも、この原則は十分な情報と判断能力がない場合には妥当しない。

第ニに、「個人は自己の過失ある行為についてのみ責任を負う」という意味がある。個人は他人の行為に対して責任を負うことはなく、自己の行為についてのみ責任を負うという近代法の原則のことである。

第三に、「個人は自己の選択した全ての行為に対して、発生する責任を負う」という意味がある。何らかの理由により人が判断能力を失っていたり、行為を強制されている場合は、本人の選択とは断定できないため、この限りではない。

第四に、「証券取引による損失は、たとえ予期できないものであっても全て投資者が負担する」という意味がある。証券取引はもともとリスクの高いものであるから、たとえ予期できない事情により損害が発生したとしても、投資者が損失を負担しなければならないということである。(参照⇒投資家の自己責任原則、損失補填の禁止)



どうも、うだうだしているせいか、うまく纏まらないや。

考えたいのは、言葉の責任。

私が勧め、他人がそれを実行したとき。
先ず、その実行者に責任が生じる。
その実行に関して、私の影響力はどのくらいかは分からない。
まあ、私が勧めなければそういう案じたいが浮かばなかった、というとき、提案者である私にも幾ばくかの責任が生じる。

そう思っている。

~~~~~~~
誰かが私に「こういう結果になった責任」を問う。
「歪んでいるから」と。

(「歪み」の認識の仕方も違うと思うんだけど・・・・そういう話には、ならなかったもんねえ。
別の人と既に話していて、私は邪魔になるかあと思って話さなかったし。)

私としては、まず、実行者の責任が第一だと思っていて。
でも、その実行者としては、私の案も実行が困難で・・・・やっとのことで得た「結論」だった。
だから、不満が私にきたのだという認識、だった。
そこまでなら、理解できるし、仕方ないかあといった感じ。

でも。
「私が歪んだ結論を生み出した、そしてそれが将来への間違った結論となりうる」という主張になると・・・・分かるようで、分からない。
だから理解したかったのだけど・・・・棘が邪魔してるのか、よく分からない。
EDIT  |  17:39  |  ちょい真面目<社会>  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

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