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2008.08.11 (Mon)

意義 2

分かりそうで未だよく分からないことの一つ。

多分、批判することによって何を目指すかということの違いなんだろう、と思う。


とある事態について、その行為ややり方について批判する。
私は、批判することはよりよいものを創り出す作業にも繋がると思う。
私自身は思いつかないかも知れないけれど、よりよいものはあるという前提で話を進めていく。

そして。
何らかのかたちで相手を、或いは自分を、或いは双方を、或いは閲覧者を変えていくこと。
それが収束や解決に結びつくと思っている。



「論を検証するときは、その論が正しいかどうかを検証するべき」

それもそうだと思う。
でも、人が動くのは論の正しさだけではない。


私は人が動くこと、つまり「説得すること」を目的としたかった。

そして、私は説得するだけの力はないのだろうと思っていた。
力、というより、思い入れ、だろうか。
発される言葉への不快感はあるのだけど、何を目指すかによってやり方は変わる以上、目指すものが理解できないままの批判はできないのかも知れない。

だから「説得」の前段階として、「理解」しようとして言葉を重ねてきた。
少なくとも、私はその積もりだ。

そういう視点に立って話を続けていた。
勢い、論の正しさについてはあまり目が向かなかったのかも知れない。
最終的には正しい論の構築が目的ではなく、事態を変えうる論の構築が目的なのだから。

「事態を変えうる論の構築」には、論者が信頼される必要があると思う。
私が信頼に足る論者かは分からない。
未熟な点は多い。矛盾もしていると思う。
それでも、信頼される為には努力したいと思う。


私が探していたのは、信頼に足る論者。
それこそが事態を変えうる論を構築できるだろうし、「説得」できるのだろうと、そう思っている。
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