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2008.09.21 (Sun)

「特別支援教育」について知る必要性

特別支援教育(文部科学省)より

「特別支援教育」とは、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものです。
平成19年4月から、「特別支援教育」が学校教育法に位置づけられ、すべての学校において、障害のある幼児児童生徒の支援をさらに充実していくこととなりました。



それでは、「すべての学校」とは何を指すか。

学校教育法より。

第1条 この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする。



では、どのような状態を「障害」というか。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』障害者 より。

障害者(しょうがいしゃ)とは、

なんらかの機能の不全(障害)があるために、日常生活や社会生活に制約を受ける人のこと。
定義上は、身体障害者、知的障害者、精神障害者を含む。#定義を参照。
日常語として、身体障害者のみを指す場合がある。
なお、「障害者」という用字についてはさまざまな議論がある。後述の「表記」を参照のこと。

障害の医療モデルとアプローチについてはリハビリテーション#障害の分類と対策を参照のこと。



「特別支援教育」を受ける対象は一部の子どもに限ったものではない。
そうである以上、一部の教員だけの「理解」では不十分で、すべての教員の理解が必要と考える。

テーマ : 特別支援学校教育 - ジャンル : 学校・教育

タグ : 教育 特別支援教育

EDIT  |  18:00  |  ちょい真面目<特別支援教育>  |  TB(0)  |  CM(22)  |  Top↑

Comment

♪特別教育法について教えてください

>一部の教員だけの「理解」では不十分で、すべての教員の理解が必要と考える。

これは、どういうことなんですか??
現在、一部の教師だけなんですか??
現場の先生は、どれだけの割合で精神障害について十分理解している人がいるんですか??

十分理解していない教師にはアカリさんは、どのような対処をしているんですか??

現場の先生は、どのような方法で、特別教育法を勉強されるんですか??

現在、幼稚園から、高校までの教員全員に精神障害を十分に理解しなければいけない義務を強いているんですか??

wako |  2008.09.21(日) 18:50 |  URL |  【コメント編集】

♪まあね

すべての学校において、障害のある幼児児童生徒の支援をさらに充実していくことになったのなら、すべての教員に「特別支援教育」を理解してもらえるのが、理想ではあるわな。
そのうち、教員免許の必修になってくるのかな?

で、アカリさんは、義務とまでは書いていない訳なのだが・・・・・

以上、(読解力のない)私の解釈に間違いがあれば、指摘お願いします。
Nyarlathotep |  2008.09.21(日) 22:55 |  URL |  【コメント編集】

♪義務でないなら

私も義務ではないと思います。

ネット上ではない実際の私の知人の高校の先生達は
精神障害について何の知識も持っていません。
精神障害について、学ばなければならないという必要は感じていないようでした。

しかし、アカリさんはomoriさんに対して
しつこく、教員なのだから知らないこと、自覚がないことを
責めまくっていませんでしたか??

私は、どうして、アカリさんがそこまでomoriさんに
執拗に抗議するのか知りたい、確かめたいんです。
wako |  2008.09.21(日) 23:11 |  URL |  【コメント編集】

♪特別支援教育以前に、

他人を安易に「精神なんたら」って書いてしまうのが、ヒトとしてどうなのよ?って話なんじゃ、ないかな?

ネット上ではこの表現を安易に使う人は少なくないと思うが、ステハン集合掲示板じゃなくて、少なくとも理性的なブログでは、あまり使われない気がする。

只の人が安易に連発したら、ヒンシュクものだけど、もしも聖職者が使ったら、炎上モノなのかも知れない。

少なくとも、「人を指導する」立場の人は、「人を指導する」意味において、留意しなければならない。

つーか、せっかく看板出しているんだから、自覚すれば?って話なんじゃないかな?

まあ、なんと表現しようとも、責任さえ取れるなら好きに表現すれば良い。

バカにしているんじゃなくて心配しているのです、私の場合はね。
angrer_j |  2008.09.22(月) 03:05 |  URL |  【コメント編集】

♪小学生の頃

担任の先生に言われました。
「物事を知らないのが馬鹿なんじゃない(習えば良いんだから)。同じ失敗を繰り返すのが、馬鹿なんだ。」
その点で行けば、さららさんの所で同じ失敗を繰り返してる私は、馬鹿ですけどね。

でも、先生と呼ばれる人たち(教師・医者・政治家等)は、それではいけないと思います。
同じような失敗を2度繰り返さないよう、細心の注意を払わないと。

偉そうなことを書いていますが、omoriさんに関しましても、妃さんに関しましても(私は、Yahoo!ではhal10gです)、経緯がよく分かりません。
どちらも、相手方のブログを読んだ訳ではありませんから。
なので、あまり口出しすべきではないと思ったのですが、今回の記事に対するwakoさんのコメントが、どこかずれてる気がしたもので。。。
Nyarlathotep |  2008.09.22(月) 05:24 |  URL |  【コメント編集】

♪ちなみにwakoさん

「いも炊き」の所のコメント欄も見て下さい。
日にちが決まってからと思ったのですが、ちょうど来ていただいているので。。。
Nyarlathotep |  2008.09.22(月) 05:50 |  URL |  【コメント編集】

♪wakoさんへ 1。

omoriさんの所でも書きましたが、ここのコメント欄の言葉の意味が、すみませんがよく分かりません・・・・もう少しご説明頂ければありがたく思います。

書き込みを拝見している限り、
wakoさんは、要は、「『理解しておかないといけない』という義務はないのだから、その件でomoriさんの所に来るアカリは間違っている」と主張されているような気がします。

違っていましたら、その旨教えてください。

~~~~~~~
さて、コメントのご質問について。
どうもwakoさんのコメントがかみ合っていない気がしてなりませんが、答えられる範囲だけ。

まず、「特別教育法」というものは存在しません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E6%B3%95より。
『学校教育法(がっこうきょういくほう、英: School Education Law、 昭和22年3月31日法律第26号 - 最終改正平成19年6月27日法律第98号)とは、学校教育の制度の根幹を定めている日本の法律のことである。』
そして私が今回書いた「特別支援教育」は、この「学校教育法の一部改正」によって、平成19年4月1日より施行されるようになったものです。
概要:http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/kakutei/06040515/06061610/001.htm
これは、今までの「盲学校・聾学校・養護学校」が単に「特別支援学校」と名前を変えたわけではなく、すべての障害のある幼児児童生徒の支援を考えるという意味であるということは記事に書きました。

それまでは、「特別支援教育」は、教員免許を交付する際の履修単位にこそあったものの、「特別支援学校(旧盲学校・聾学校・養護学校)」等の教員による特別なものであり、通常学校・学級の教員にとってはあまり縁のないものとして捉えられていた感もありますが、それでは不十分だとされるようになった、ということです。

ですから、研修等が行われ、その研修にはすべての教員が参加しているはずです。(実際は分かりませんが、あくまで法の上では。)

(長くなりそうですので、一度投稿します。)
アカリ |  2008.09.23(火) 03:08 |  URL |  【コメント編集】

♪wakoさんへ 2。

>現在、一部の教師だけなんですか??

(コメントにて既出。)
一部の教員のみが知っていればいい、という感じだったこともあるようですが、それでは不十分であるという風潮です。

>現場の先生は、どれだけの割合で精神障害について十分理解している人がいるんですか??

こういったデータがあれば提示できますが、 残念ながら(あるかどうかも私が分からないので)提示できません。

>十分理解していない教師にはアカリさんは、どのような対処をしているんですか??

ここで「私個人の対処」を聞かれても困ってしまうのですが・・・・
私の知人の教員の方々は、研修等で学習されていますし、私よりよくご存じの方が多く、私の方が学習させて頂いています。
ただ、よくご存じでない方には、お話しさせて頂くのが普通ですね。

>現場の先生は、どのような方法で、特別教育法を勉強されるんですか??

(コメントにて既出。)
研修が行われているようです。

>現在、幼稚園から、高校までの教員全員に精神障害を十分に理解しなければいけない義務を強いているんですか??

ここには二つの意味が内包されています。
●特別支援教育というものについては、「理解」だけでなく「実践」が含まれ、「義務」と明記はされないものの「教育活動」においては意識的・無意識的に行われています。
例えば、「かけ算の学習が理解できにくい」ときに、具体物(おはじき等)を利用するのは、教員なら指導の一環として誰でもしていることでしょうが、これも広い意味では「特別支援教育」になり得ます。

●「精神障害」という言葉の問題。
おそらく、ぱっと「精神障害」と聞くと、「統合失調症」とか「人格障害」とか、成人に多いものを連想するのではないでしょうか。
ですが、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%96%BE%E6%82%A3
(注記:「精神障害」=「精神疾患」)
「広汎性発達障害」や「多動性障害(ADHD) 」も「精神障害」の範疇にあります。
そして、「広汎性発達障害」は以前から、「多動性障害(ADHD)」については最近教育の分野でもその対応が言われています。

>ネット上ではない実際の私の知人の高校の先生達は
>精神障害について何の知識も持っていません。
>精神障害について、学ばなければならないという必要は感じていないようでした。

上に書きましたが、おそらくその方々は
「統合失調症」とか「人格障害」などについてのことをおっしゃっていたのではないでしょうか?
「広汎性発達障害」や「多動性障害(ADHD) 」などについての知識はおありだと思いますが。

>しかし、アカリさんはomoriさんに対して
>しつこく、教員なのだから知らないこと、自覚がないことを
>責めまくっていませんでしたか??

「しつこく」「執拗に」ですか(苦笑)

omoriさん宛に書きましたが、

私は「心の病も個性の一部」
http://blogs.yahoo.co.jp/ccomori/54198184.html
にて初めてコメントさせて頂いたときから、omoriさんにお話していたことは一つですよ。
『特に「障がい」について、「心の病」については、ブログの言葉だけで断定するのは「レッテル貼り」に繋がります。
その人自身を認めようとする姿勢であるはずの「障害は個性」というccomoriさんの言葉とは相容れない印象を受けます。』と。

私は、二つの問題があると思っています。
●人間としての問題(安易に見えるレッテル貼り)
●教員としての問題(「レッテル貼りはできない」と知っている立場の問題・「精神障害」への対処をされているはずの立場の問題)

私の「お気に入りリンク」には、教員の方々もおられます。
(故あって私が隠してしまいました。だから最近はお邪魔しにくくなって寂しいですね。)
その方々は「特別支援教育」について理解・実践されておられますよ。
少なくとも私はそう思います。

そして、omoriさんの記事を拝見し、
・「心の病も個性の一部」
http://blogs.yahoo.co.jp/ccomori/54198184.html

・「障害者の社会進出 」
http://blogs.yahoo.co.jp/ccomori/54432865.html

・今回の中畑さんへの言葉
などで、お考えと言葉とが乖離している印象を受けたので、不思議に思ってコメントさせて頂いてましたが・・・・
アカリ |  2008.09.23(火) 03:44 |  URL |  【コメント編集】

♪Nyarlathotepさんへ。

wakoさん宛てに書きましたが・・・・

>そのうち、教員免許の必修になってくるのかな?

もともと必修ですが、それは教育現場ではあまり使用されない知識とされていたのが、現場でも必要とされるようになってきた、それだけのことです。

例えば、受け持ちの子どもにAD/HDのお子さんがいたら、その対応については自然と考えるでしょう。
ただそれだけのことだと思います。

>でも、先生と呼ばれる人たち(教師・医者・政治家等)は、それではいけないと思います。
>同じような失敗を2度繰り返さないよう、細心の注意を払わないと。

同意します。
また、自分にとっては「同じような失敗」であっても、それを受ける子どもは同一ではないことがほとんどです。
そういう意味でも、「失敗」は怖いなと思います・・・・。
アカリ |  2008.09.23(火) 03:53 |  URL |  【コメント編集】

♪angrer_j さんへ。

wakoさん宛てに書きましたが・・・・

私は、二つの問題があると思っています。
●人間としての問題(安易に見えるレッテル貼り)
●教員としての問題(「レッテル貼りはできない」と知っている立場の問題・「精神障害」への対処をされているはずの立場の問題)

>まあ、なんと表現しようとも、責任さえ取れるなら好きに表現すれば良い。

ネット上の他人への責任がとれるか?ということには私は懐疑的です。

>バカにしているんじゃなくて心配しているのです、私の場合はね。

私も似た感覚ではあります。
というか、ネットとリアル、考えと行動との乖離が広がっていくかに見えて怖いからコメントしている、という認識です・・・・
アカリ |  2008.09.23(火) 03:57 |  URL |  【コメント編集】

♪どうして小学校なの??今は、高校の話をしてるんでしょ。

アカリさんは、高校教員のomoriさんに精神障害について知識が足りない。
態度がなっていないと、誡めてらっしゃるんですよね。
教員は、重いんですとか何とか、いたるところでしゃべってますよね。


今回のあなたのコメント。
>例えば、「かけ算の学習が理解できにくい」ときに、具体物(おはじき等)を利用するのは、教員なら指導の一環として誰でもしていることでしょうが、これも広い意味では「特別支援教育」になり得ます。

あなたのコメント、もしかしたら小学校のことを言ってるんですか??
私は、高校の話をしているとばかり思っていました。


東大に何人、早慶二何人、偏差値を上げてなんて世界で、教員をしているomoriさんに、 ↑のあなたのコメントはないんじゃないの。
私は、小学校の現状なんて、まったく興味ありません。
どうして、高校の話をしているのに、小学校なんですか??
あなたは、高校教師について意見している割に、高校の実情をまったく知らないんじゃないんですか??
小学校の現状を、高校教師にむかって型にはめる方が無理がありますよ。

だから、話もかみ合いません。
そう思います。
wako |  2008.09.24(水) 16:14 |  URL |  【コメント編集】

♪横から失礼します

>wakoさん
ちょっと落ち着いてくださいね。
ここのアカリさんの記事なんですが、
アカリさんは、 ちょい真面目<特別支援教育>というカテゴリで、
定期的に記事を上げています。
この記事もそれの一環の記事だと私は認識しています。
omoriさんの件は、別問題のはずです。
ここで取り上げている特別支援教育と言うのは、一般論についてのアカリさんの見解が書いてあり、omoriさんがどうこうは全く関係ないと思います。
なので、wakoさんが、omoriさんの話をアカリさんと行うなら、このエントリに絡めるのはどう考えてもおかしいです。
でここからは、私個人の見解ですが、
教師と言う職業は一般的に、厳しく見られるのは仕方ないと思いますし、
そうあるべきだと私は考えます。
そこに大学教授も高校教師も保育士も区別はないです。
だから同じ不適切発言をしたとしても、(内容にもよりますが)教師の方に批判が強くなるのは致し方ないです。
で最後にwakoさんちょっとクールダウンしてください。
以上です。
黒羊 |  2008.09.24(水) 17:49 |  URL |  【コメント編集】

♪本題に触れないのは

アカリさんに失礼かと思うので。
学校にもいわゆる障害、障碍、障がいに対して理解が必要、
すなわち教員はある一定の理解をもっていなければならないだろうと、
私も思います。
発達障害などは、特に知的障害などが特にない場合は、
受け入れる社会(ここでは特に会社や周囲の人間)の理解があれば、
やっていけますし、
社会や周囲の理解があれば知的障害があっても、軽度の人格障害があっても大きい問題にはならないと思います。
それを踏まえると、教員だけにとどまらず社会全体の理解と言うのも、
重要ですよね。
黒羊 |  2008.09.24(水) 17:55 |  URL |  【コメント編集】

例としては適切でないかも知れませんが、飲酒や喫煙に関する世間の常識が変わってきたのは、法改正や地道な呼びかけが実を結んだ結果だと思います。
本来、世の中の人すべてが自覚すべきなのでしょうが、そのひとつの段階として、「師」の意識が変わり、それを広めていく行程が必要なのでしょう。
angrer_j |  2008.09.24(水) 20:44 |  URL |  【コメント編集】

♪wakoさんへ。

>>例えば、「かけ算の学習が理解できにくい」ときに、具体物(おはじき等)を利用するのは、教員なら指導の一環として誰でもしていることでしょうが、これも広い意味では「特別支援教育」になり得ます。

>あなたのコメント、もしかしたら小学校のことを言ってるんですか??
>私は、高校の話をしているとばかり思っていました。

おや、失礼しました。
「特別支援教育」それ自体をwakoさんが(失礼ながら)あまりご存じないのかな、と思って分かりやすく書いたつもりでしたが、かえって変な反応を招いてしまいましたね。

>東大に何人、早慶二何人、偏差値を上げてなんて世界で、教員をしているomoriさんに、 ↑のあなたのコメントはないんじゃないの。

omoriさんも、「特別支援教育対象の児童生徒はいる」ことはご存じだと思いますよ。
●心の病も個性の一部
http://blogs.yahoo.co.jp/ccomori/54198184.html
で、「この病名(=ADHD (注意欠陥・多動性障害) という病名)に該当しそうな人は、男の子に多くて、ボクの見るところ1クラスに1人くらいはいます。」とお書きです。

(そして、ここの書き方にご注意ください。
「この病名(=ADHD (注意欠陥・多動性障害) という病名)に該当しそうな人」つまり、教師は「病名をつけること」はその職種的にできないのです。
記事本文ではそうされているのに、というところが不思議なのです。)

~~~~~
私は、wakoさんの『東大に何人、早慶二何人、偏差値を上げてなんて世界』ならば特別支援教育は不要、とする考え方について警鐘を鳴らしているつもりです。
アカリ |  2008.09.26(金) 20:07 |  URL |  【コメント編集】

♪黒羊 さんへ。

>それを踏まえると、教員だけにとどまらず社会全体の理解と言うのも、
>重要ですよね。

そうですね。
私も、そう思います。

結局は、社会の中で暮らしていくのですから。
アカリ |  2008.09.26(金) 20:08 |  URL |  【コメント編集】

♪angrer_j さんへ。

>法改正や地道な呼びかけが実を結んだ結果だと思います。

地道な努力が、法改正に結びついたという認識でいます。

>そのひとつの段階として、「師」の意識が変わり、それを広めていく行程が必要なのでしょう。

少なくとも、子どもの意識に大きく影響を与えると思います。
(だからこそ、細心の注意を払ってほしいと思います。)
そして、次の世代へ、次の世代へと。

理想論なのですけどね。
アカリ |  2008.09.26(金) 20:12 |  URL |  【コメント編集】

♪wakoさんへ、追記です。

●特別支援教育元年に思う
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-412.html
に書きましたが、
私は、
『「特別支援教育」に謳われている「個に応じた教育」というものが、本当の教育ではないかな、と思っている。
だから。「要配慮児」への「特別支援教育」という捉え方ではなく、全ての児童生徒に対する「支援」を行う教育、として捉えている。 』
という考え方でいます。
アカリ |  2008.10.05(日) 11:22 |  URL |  【コメント編集】

♪アカリさんへ質問

この本文の何処に書いているか読めない。

>omoriさんに対して
この方を特定して書いていますか?

>私も義務ではないと思います。
どの変に義務と書いていますか?

>>どうして、高校の話をしているのに、小学校なんですか??
何処から高校限定になったのですか?

Sada |  2008.10.06(月) 18:16 |  URL |  【コメント編集】

♪Sadaさんへ。

私宛ての質問、というので書きますが…・Sada さんが挙げているコメントは、私のコメントではないです…・。

まずは、ご質問について。
私のこの「「特別支援教育」について知る必要性」の記事は、omoriさんを特定して書いてはいません。
(私は詩歌・ブログ雑感の記事では特定個人に対して名前を出さずに記事にすることがありますが、それはあくまで「その事象に対する自分の心の動き」を書くためであり、相手の反論を封じる目的はありません。
こういう記事(ちょい真面目記事)では特定個人に対する意見であればその方の名前・リンクを書きます。)

そして、「義務」だとは書いていません。
ただ、「特別支援教育について全教員に知っておいてほしい」と思っている以上、受け取る側からすれば「押し付け」的な言葉を用いてしまう可能性は多分にあります。

そして、私の言葉の対象は「全教員(本音としては全教職員であり、また社会に向けて)」です。
特に「高校限定」という縛りはありません。

~~~~~~
まず。
私は、記事本文とコメントで交わされている内容とが変わってきていても、その点はあまり気にはしていません。(というか、慣れました。それに対してどう思うかは別問題ですが。)
そこまで厳密な議論の仕切りを自分が出来るかというと、できないと思うので。(自分が出来ないのに、「コメント内容はこの件のみにしてほしい」というと、単なる「コメントの制限」だと思いますので。)

そして、此処のコメント欄の話がぶれているのは、別の話が混ざっているからだと、私は認識しています。

1.一般的な「特別支援教育の必要性」についての話。

2.「精神障害」に類する言葉を他者に対して用いることについての話。
 1)「精神障害」に類する言葉理解についての話。
 2)ネットで用いる(その人の現実を知らずに用いる)ことについての話。
 3)教員(病気の診断をできない立場)が他者について用いることについての話。

3.特定個人に対しての罵倒表現についての話。
 1)omoriさんが中畑さんに対して用いている言葉の表現。
 2)中畑さんがomoriさんに対して用いている言葉の表現。
 3)その他。

中畑さんが、3の1)の件でomoriさんのブログに行っている時、私は2.の話を
(それこそ、中畑さんがomoriさんのブログにコメントするようになる前、
・「心の病も個性の一部」
http://blogs.yahoo.co.jp/ccomori/54198184.htmlにはじめてコメントさせていただいてから、私が気になることでしたので…・ )omoriさんとするために、例として中畑さん宛ての言葉を出しました。
(もっと正確に言うならば、私が2.について考えるようになったのが、omoriさんの記事で再三中畑さんについて精神障害に類する表現が用いられているためではありますが…・)

そこをご覧になって3.についての話題(中畑さんのコメントに便乗している)と思われたのは、私の話の運び方・時期に問題があったのでしょう。

また、omoriさんのブログでwakoさんに、
『アカリさんは、教師は精神障害についてきちんと認識しておかなければいけない。教師の責任は重い。って何度も繰り返し言ってきましたが、これも、アカリさんの差別が感じます。』
とコメントされ、

『wakoさん。
>教師は精神障害についてきちんと認識しておかなければいけない。
「必要性」についての根拠は、こちらです。
●「特別支援教育」について知る必要性
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-1086.html

ただ、私は「ネットでの言葉の流布」について書いたつもりでしたが。』
と、お返事させて頂きました。

私としては、1.と2.の意味(当然ですが、「特別支援教育」と題するからには、1.に重きを置いています。本文中では1.の意味でしか言葉を綴っていませんが、記事作成意図として2.もあるという意味です。)で本記事を書き、リンクさせましたが、3.の意味でwakoさんはコメントされていると思います。
だから、omoriさんが「高等学校教員」であるということ、「omoriさんの言葉についてアカリが「執拗に(←私はこう表現されることについて違和感は感じています)」コメントする」ことについての話になっているのだと思います。

~~~~~
私は、ここのコメント欄の会話がかみ合っていないことに際して、
『omoriさんの所でも書きましたが、ここのコメント欄の言葉の意味が、すみませんがよく分かりません・・・・もう少しご説明頂ければありがたく思います。

書き込みを拝見している限り、
wakoさんは、要は、「『理解しておかないといけない』という義務はないのだから、その件でomoriさんの所に来るアカリは間違っている」と主張されているような気がします。

違っていましたら、その旨教えてください。(2008.09.23(火) 03:08)』
と話しています。

私としては、(今は公開していませんが)別記事での方が望ましいとは思ったのです。ブログ雑感として、omoriさんについて書いた記事が、当時は公開されていましたから。前述のとおり「どこで何をコメントするとしてもコメント者の自由」だと思っていますので、強制するつもりはありません。
wakoさんがご自分の主張をされることについては当然と思っていますし、そこから何か得られることもあると思いました。
そしてwakoさんがomoriさんのところで私がコメントすることに不快感を感じていることについては理解していました。

以上、此処のコメント欄について長々と説明させて頂きましたが・・・・これで答えになっていますか?
アカリ |  2008.10.07(火) 07:13 |  URL |  【コメント編集】

♪末路

ご説明ありがとうございます。
最初の20行程度でも十分でした。
この記事をベースから、
最初の質問(抗議?)が出来るのか、なぞでした。

バーチャルな世界でローカルルール(己に優しいルール)に縛られた住人の末路は、
空しいですね。
Sada |  2008.10.09(木) 13:15 |  URL |  【コメント編集】

♪長々とすみません。

Sadaさんへ。
長々とすみませんでした。

ただ、相手の事情も分かるので書かせて頂きました。

とある事情を見て、どのように心が動き、どのように行動するかは人それぞれです。
「末路」という表現は私は好きではありません。
アカリ |  2008.10.12(日) 15:40 |  URL |  【コメント編集】

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