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2009.02.21 (Sat)

言葉:ヒドゥン・カリキュラム

「カリキュラム」という言葉にはいろいろな意味合いが含まれている。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 カリキュラム より。

一定の教育の目的に合わせて、考え出された教育内容とその決まった修業年限の間での教育と学習を総合的に計画したものをいう。一般に学生、生徒には小学校から大学に至るまでの各学年での時間割として知られるものもカリキュラムの一部である。これは狭義のもので、教育課程とほぼ同じである。

カリキュラムは単に教育課程に狭められるものではなく、より広い意味で教育の目的、教育内容を超えて、教授活動やそれに対する教師の構えのようなものまで拡大して、教育にアプローチする姿勢そのものまでもカリキュラムとして捉えなおすということが20世紀の半ばあたりから盛んに語られている。そこから提案されてきたカリキュラムのコンセプトは、しばしば文部科学省が学習指導要領を改訂する際にも反映される。



それでは、「ヒドゥン・カリキュラム」とは。

ヒドゥン・カリキュラムとは教師(又は一般的に学校)によって意識されていないか、また意図されていても公然としたものとしてではなく学習者に認められているもの(Martin 1976)と定義できる。
(畠山史子「学級内でのヒドゥン・カリキュラムの形成と学級適応について」より)



はじめて「ヒドゥン・カリキュラム」を概念として提唱したのはジャクソンとされる。
(経験的には、産業革命時代19世紀初頭から理解されていた。
Ex.ウルによるイギリスの織物業とその工場システムの研究:啓蒙された経営者は学校を設立し、工場で働く子どもたちに教育を提供している。)

教育計画としてのカリキュラムを支障なく運用するための暗黙のルール
・「仲間(crowds)」他人からのまなざしを大切にし仲間と共に行動すること
・「賞賛(praise)」他人の(とりわけ教師の)評価を受け入れること
・「権力(power)」権威が存在していることを意識すること、規則に従うことができることなど

~~~~~~
集団による教育作用。
当たり前にあるものとして、逆に言葉では上手く説明できなかったのが、以前から気になっていた。
「ヒドゥン・カリキュラム」について読んだとき、これだ!と思った。

この、教育作用によって。
周囲と共に伸びていければ、その集団自体の能力も向上する。

「何を目的としているか」「何を学んでいるか」ということが共有できること。
それが、集団の教育作用に必須ではないかと思う。


~~~~~
引用・参考リンク:
・畠山史子「学級内でのヒドゥン・カリキュラムの形成と学級適応について
ヒドゥン・カリキュラム
学校におけるヒドゥン・カリキュラムの実際(はじめに)

引用・参考文献
・荒木紀幸編著「教育心理学の最先端~~自尊感情の育成と学校生活の充実」あいり出版、2007年
コラム(p,13―17)

テーマ : 教育問題について考える - ジャンル : 学校・教育

タグ : 教育 カリキュラム ヒドゥン・カリキュラム ジャクソン 教育課程

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