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2009.06.06 (Sat)

Super flumina Babilonis

Super flumina Babilonisより、全文引用。

Super flumina Babilonis, バビロンの河のほとりで
Illic sedimus et flevimus われわれはそこにすわって涙を流した
Dum recordaremur tui Sion あなたのシオンを思い出しながら
In salicibus in medio ejus そのなかほどの柳の木に
Suspendimus organa nostra われわれの楽器をかけた



映像はこちら(音声小さめ)。



【More・・・】

この、『Super flumina Babilonis』の楽曲は、旧約聖書(「バビロン捕囚」)の話が元となっている。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 バビロン捕囚 より、一部引用。

バビロン捕囚(バビロンほしゅう)は、新バビロニアの王ネブカドネザル2世により、ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを初めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され移住させられた事件を指す。バビロン幽囚、バビロンの幽囚ともいう。



旧約聖書より。
 19 詩篇 第137篇より、全文引用。

1) われらはバビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した。
2) われらはその中のやなぎにわれらの琴をかけた。
3) われらをとりこにした者が、われらに歌を求めたからである。われらを苦しめる者が楽しみにしようと、「われらにシオンの歌を一つうたえ」と言った。
4) われらは外国にあって、どうして主の歌をうたえようか。
5) エルサレムよ、もしわたしがあなたを忘れるならば、わが右の手を衰えさせてください。
6) もしわたしがあなたを思い出さないならば、もしわたしがエルサレムをわが最高の喜びとしないならば、わが舌をあごにつかせてください。
7) 主よ、エドムの人々がエルサレムの日に、「これを破壊せよ、これを破壊せよ、その基までも破壊せよ」と言ったことを覚えてください。
8) 破壊者であるバビロンの娘よ、あなたがわれらにしたことを、あなたに仕返しする人はさいわいである。
9) あなたのみどりごを取って岩になげうつ者はさいわいである。




礼拝メッセージより 説教題:「約束」 2002年10月6日 より、一部引用。

しかしそんな目に見えるものが少しずつ崩されていき、そしてついには何もなくなってしまう。そして目に見える保障が崩されることで初めて目に見えない、本当の保障が露わにされていく、それがバビロン補囚ということであったのかもしれない。
 神殿が見えなくなることで初めて神を見ることができ、神殿で犠牲を捧げることができなくなることで初めて自分の信仰を考え直すことができるようになったということかもしれない。



神は、自分と民との間の隔てとなるものを取り除こうとされているのかもしれない。私たちは神自身を見つめるよりも、他の目に見えるものに縛られてしまう傾向にある。自分がどれほど立派にやってきたか、どれほど忠実に働いてきたか、そんなことにいつも心を奪われている。自分がどうなのか、自分がどれほど業績を上げたか、自分がどれほど正しいか、逆にどれほど駄目か、どれほど何もできないか、そんなことばかり考えてしまう。教会に来ても自分ができるかできないか、自分正しいか間違っているか、自分がいいか駄目か、そんなことばかり考えている。そしていつの間にか神のことが見えなくなってしまっている。

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