2009.11.22 (Sun)
貧乏人を笑え、しかし○○を笑うな
○○に何が当てはまるか・・・・私は分からなかった。
【More・・・】
ドクターモルツのサイコ・サイバネティクス 貧乏人を笑え、しかし○○を笑うな より。
○○に入る言葉は、「娼婦」です。
つまり、「貧乏人を笑え、しかし娼婦を笑うな」
が正式なことわざです。
言葉通り解釈すると、何てひどいことわざなんだ、
と感じる人は多いでしょう。
しかし、実際のところ、
中国では貧乏人を笑う人は誰もいません。
かと言って、彼らに同情する人もいません。
一方で、娼婦を批難すべきだと考える人もいません。
娼婦が決して尊敬すべき職業とは言えなくても、です。
多くの場合、娼婦をしている少女たちは、
遠く離れた村で暮らす貧しい家族を助けるために
そうしているのです。
7億人以上の中国人が農村部で暮らしています。
そして彼らは、私たちが当たり前だと思っている物も買えず、
困窮しているのです。
彼らには、昇進や出世の機会はほとんど巡ってきません。
だから、正しいとか間違っているとかは別にして、
若い女性は自分の体を売ることが、母親や父親、
兄弟、姉妹を救うための手段になると考えているのです。
つまり、娼婦を笑うことは、
自分の家族を養うために一生懸命働いている人を
笑うことと同じなのです。
このことわざには、さらに奥深い話がありますが、
今日はこれだけで十分でしょう。
このことわざは、自分が現在暮らしている社会の物差しで、
世界全体を判断することは賢明でない
という証明になりますね。
私は、同記事で初めて見たばかりの言葉ということもあり、きちんと意味が理解できているかは自信がないのだけど・・・・
要は「事情を知らないのに判断するな」という事なのかと思う。
(注記:追記文もご覧下さい。私の理解はどうやらずれていたようです。失礼しました。)
最近繰り返し読んでいる、「弱者」とはだれか (PHP新書)
現在の意識では過去を切れない
ここでは部落史を例に挙げ、「歴史の流れというものの根本的な特性に由来する飛躍と限界」について述べている。
歴史もそうだし、国柄もそうだと思う。
自分の尺度だけで周囲の物事を測るのは賢明ではない。
〜〜〜〜〜
自分の理解を深めたくて。
このことわざの「更に奥深い話」に興味をもって、ネット検索してみたのだけど、今のところ見つかっていない。
〜〜〜〜〜
11月22日 22:25追記。
angrer_jさんより、「笑貧不笑娼」と教えて頂き、検索してみた。
日本人殺人犯に判決:上海よろず情報交換より
「笑貧不笑娼」が現在の中国社会です。
これだけだと、ぴんと来なかったのだが、次の言葉を読んで、何となく腑に落ちた気がした。
生活者主権の会/生活者通信/2006年01月号/08頁 <中国の現実>中国で至誠は通用しない より。
大昔から語り伝えられて来た名言と同列にして「格言」の仲間に入れるほどコクのあ
るものではないが、今日の中国の世情を言い当てている一種の「流行り言葉」には「表
現の妙」として特筆してもよい傑作がある。例えば、
(1)「一切向銭看」(金がすべて)
(2)「銭不是万能的但是没有銭是万々不能的」(金は万能なものではない、しかし金
が無いと絶対に生きていけない)
(3)「清官三代」(どんなに清廉な公務員でも、子、孫までの三代が楽に暮らしてい
けるほどの財産が出来てしまう。悪辣な役人だったら四代か五代に亘って不自由
しないほどの賄賂を稼ぐことが出来る)
(4)「笑貧不笑娼」(娼婦より貧乏人が軽蔑される)
等数え上げたら切りがない。
この著者は、これらの「流行り言葉」と、「至誠」とを対比させている。
「至誠」については冒頭にあるので引用。
「至誠天に通ず」、これを唱えた中国の思想家「孟子」は紀元前4世紀に活躍した人
で、その語意は「誠意を持って行動すれば人の心を動かさないことはなく、誠意が無く
て人の心を動かせた試しもない」と言う、せちがらい現代社会に生きる我々にこそ大事
な味わい深い名言である。
・・・・要は、「笑貧不笑娼」の意味合いとしては、「誠意より金」というところだろう。
私は、この考え方は好きではない。
(そう割り切れることもないだろうと思う。誠意の積み重ねが社会的信用につながり、そこから収入にも繋がると思っているから。)
でも、私の考えは「正しい」とまで主張する気はない。
中国にいない、行ったことのない私には、その考え方の是非を問う「心理的な、或いは社会的な地盤」というものがないからだ。
検索してみました。
本当だ・・・・いろいろ出てきましたね。
要は、「金がある方がいい」ということなのかな。
とすると、私の記事(というか、私の受け取り方)は、少しずれていますね。
本文に、訂正文を入れることにします。
ありがとうございます。
ネット上にも色々な解釈があり、これが本当の解釈だというものはないように思います。
たとえ出生が明らかになっても、本当の意味は各個人によってさまざまであると言えるでしょう。
この言葉から何をソウゾウし、どんな糧を得るかも人それぞれでいいんじゃないでしょうか。
対比させているものが何であれ、娼婦を笑ってはいけないという点は間違いはないと思います。
よって、アカリさんの受け取りはずれていると言えないと思います。
〜〜〜〜〜
私は、これはことわざのようなものだと思っていて…・それで、「本当の意味を知った上で私がどう解釈するか」というのを書きたかったのです。
でも、「実際の意味」はよく分からないまま記事を書きました。
angrer_j さんの2009.11.22(日) 21:32 のコメントを拝見して、検索してみて…・もしかしたら私は「実際の意味」を取り違えていたではないかと思ったので、訂正、というか追記文を書きました。
「出生」や「解釈」を気にしているのではなく、「もともとの意味を踏まえているか」というところが気になったのです。
例えば。
よく言われるもので「情けは人の為ならず」というのがあります。
これは、もともとの意味以外に別の解釈が成り立っています。
でも、「もともとの意味を知っていて」使っているか、知らずに使っているかで、だいぶ違いますよね。
〜〜〜〜〜
如何でしょうか?
私の文章、分かりにくいですか??
そのように感じた時はひとこと、
「読解力がない」とおっしゃるのが最近のブームのようです。
>「もともとの意味を踏まえているか」
>私の文章、分かりにくいですか??
いいえ、どこに重点をおいていらっしゃるのか、良く分かりました。
ありがとうございます。
それだけではないのですけれどね(笑)
発信者の説明・文章構成、発信者と受信者との環境の違い・思考傾向の違い・捉え方の癖など、「話がかみ合わなくなる要因」というのはいくらでもあるものなのですけどね。
読解力の要因も当然あるのですが・・・・
「そのように感じた」だけで「読解力がない」と相手の要因を述べるのは、「自分の要因を省みることのない姿勢」の様な気がするので、私は好きではないのですが。
自分も伝わるように努力する、相手にも歩み寄って欲しいと思うし、
どちらか片方だけでは会話は成り立たないと思っています。
(「会話」ではなくて「相手はこうだと決めつけたい」のでしたら、理解できなくはないのですが・・・・変だとは思います。)
>いいえ、どこに重点をおいていらっしゃるのか、良く分かりました。
ありがとうございます。
〜〜〜〜〜
此処でangrer_j さんのコメントを考えたとき、私には2つの解釈があるのです。
『本当の意味は各個人によってさまざまである』という言葉が、
●「本当の意味」=私の言う「もともとの意味」(解釈ということではない)
●「本当の意味」=文言の「解釈」
「本当の意味」=文言の「解釈」という意味でコメントされていると私は思っています。
その上で、
>この言葉から何をソウゾウし、どんな糧を得るかも人それぞれでいいんじゃないでしょうか。
と仰っているのでしたら、確かに「解釈は人それぞれ」と私も思います。
だから、殊更に私がコメントする(2009.11.24(火) 22:08 の様な返事)は野暮といったものなのかも知れません。
「angrer_jさんはこう捉えているのではないか」というのは私の想像ですし、想像から続きを書いているのでangrer_jさんのコメントの意図とは違っているかも知れません。
そうならばご指摘下さいね。
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