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2009.12.08 (Tue)

(題字訂正)「口と足で描く芸術家協会」から買った買い物。

注意書き。
私は当初、「口と足で描く芸術家協会」ではなく、「口と手で~~」と記載していました。
コメント欄でご指摘頂き、その旨記載し直しました。
該当団体の方々はじめ、記載ミスでご迷惑をお掛けした方がいましたら、申し訳ありませんでした。

また、ご指摘下さった方々、ありがとうございました。



~~~~~~~

12月3日-12月9日は障害者週間、ということで・・・・それにちなんだ話。

(もう少し真面目な話しもしたいのだけど、どうも最近、仕事関連でバタバタしていて頭が回らない・・・・)

20091208234046.jpg

写真は、付箋。
可愛いでしょ。

これは、子どもが貰ってきたパンフを読んで、「口と足で描く芸術家協会」にて購入。
リンク先は こちら


【More・・・】

口と足で描く芸術家協会とは ご挨拶 より、引用。

はじめまして、
私たちは、世界75の国や地域の口や足で絵を描く障がい者のグループです。
私たちは互いに助けあうため、国境や民族、宗教、世界観を越えて集まり
口と足で描く芸術家協会を1956年に築きました。
(中略)
世界的に使われている英語名は、
Association of Mouth and Foot Painting Artists Worldwideです。
日本語の名称は、「口と足で描く芸術家協会」です。
名称は様々ですが、これは世界の口と足で描く芸術家による、芸術家のための国際的な拡大家族で、障がいを負う芸術家の向上と自立のための組織です。




明記しておきたいのは。
私は、慈善を勧めるつもりではないということ。

私は付箋はよく使う。
で、可愛いデザインのものがあったから購入した。
可愛いデザインのものは、なかなか近所では見つからないので。
また、機会があれば購入するとも思う。

購入する理由の中には、自分の払ったお金が「障がい者自立」に繋がれば、という想いもある。
その為だけに金銭を負担するつもりはないけれど。

私だけでなく、子どもも好みの絵があったので、少し購入した。
(今回は、その写真は撮れていない。)
・・・・でも、机の中に保管している。

別にいいのだけど。

でも。
私も買えば良かったかな・・・・使うと楽しいだろうな・・・・。

~~~~
Memo:ただ一つの記事を書くだけなのに、妙に眠い・・・・
なので、お休みなさい・・・・。

テーマ : 特別支援教育 - ジャンル : 学校・教育

EDIT  |  23:33  |  ちょい真面目<特別支援教育>  |  TB(1)  |  CM(14)  |  Top↑

Comment

♪障がい?

障害ではなくて障がいなんだ…。

もうまた誤解をされることを覚悟で言えば、この訳語を採択した人たちはナイーブすぎ。
話が合わないタイプだなぁ、きっと。

中畑 |  2009.12.08(火) 23:57 |  URL |  【コメント編集】

♪師走だしね。

おお。
自覚されていないようだが、相当疲れていらっしゃる様子。

「口と手」じゃなくって、足ですよーー。

ストレスは、知らず知らずに忍び寄る。
ご自愛下さい。

(単に眠かっただけならいいけど)
angrer_j |  2009.12.09(水) 07:58 |  URL |  【コメント編集】

手で絵を描くってことじゃ、ただの普通の人なので、
この団体は、ただの絵画教室になっちまいますな。
ないす、ボケ。

一般的には、こういうのにすごいと思ったり感動したりするんでしょうけど、
僕から見れば、手が使えなきゃ口や足など動くところを使うって普通のことなんですけどね。
手足が動かない人とか事故や病気で切断された人とか、見慣れちゃってますから。
障害者が描いたからって特別視して賞賛だけするのではなく、
下手な絵なら「下手だ」と正直に言えるのが、真の平等だと思う。
ん、なんか、微妙に話がズレちゃってますな。
障害者を熱心に応援してる人ほど、実は障害者差別してるかもしれないってお話。
KM |  2009.12.09(水) 18:45 |  URL |  【コメント編集】

事故や病気、その他なんらかの理由で障害を持つ人がいる。

確率から言えば、何万分の一とか、何百分の一とかという計算になるけれど、その確率に該当してしまうことは、あなたも私もみんな同じなのに、それに気付けない人がたくさんいる。

何かが不自由な人には、何かが不自由でない人が補ってあたりまえ。

とりあえずそのような社会がより成熟した社会になるかと思う。
angrer_j |  2009.12.13(日) 10:25 |  URL |  【コメント編集】

♪中畑さんへ。

>障害ではなくて障がいなんだ…。

はい、そうです(^^)
「障害」の「害」という言葉の意味を憂い、「障がい」と表記したり、「障碑」と表記したりということもあります。
今は、「障がい」表記が多くなってきた感がありますね。

あと・・・・えっと・・・・
私は、「障害」という表記に違和感を感じています。
(そう、「ナイーブすぎる」「話が合わない」側の人間です(笑))
だからといって、そう使うのが「差別」とは思いませんし、他の方にどうという事はありませんが。

「どうしてその用語を使うのか?」という部分がはっきりすると。
というか、いろいろな立場の方と会話することによって、得られるものは多いと思うのですよね。
普段何気なく使っている用語でも捉え方がいろいろあるというのは、話していて面白いと思います。

中畑さんは、『もうまた誤解をされることを覚悟で言えば、この訳語を採択した人たちはナイーブすぎ。』と言っていますね。
「誤解をされるかも知れない」という認識、というのは「配慮がない発言だと誤解されるのを覚悟で」という意味だと私は思いましたが・・・。
それでも「ナイーブすぎ」と考える・発言する、その辺りをよかったら教えて貰えればと思うのですが・・・・。

(KMさんとは、
●「障害個性論」について
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-881.html
こちらで多少お話しさせて頂いています。
確か、miracleさんも関連記事をお書きだったように思うのですが・・・・私がmiracleさんのを参考にしたんだっけな・・・・調べてみます。)

ナイーブすぎ、という意見があることも承知していますし、当の「障害者」自身からも「障害者ではなくわざわざ障がい者と書き換える方が不自然」という意見があることも知っています。

ただ。
支援者の側からいうと・・・・特に親は、自らの子どもが社会では暮らしにくいということは身をもって知っているわけです。
だから、「害」という言葉が尚更痛いことがある。
ご当人だけではなく、そういう、例えば「親」を支援する身としては、「痛い」言葉は使いたくないなと・・・・
もっとも、それも人それぞれなのですけどね。
(だから、尚更、「相互理解」の姿勢が必要だと思っています。)

「障害者」自身だけではなく、「障害者」を支援する方々が「痛み」を感じない言葉、というものがあればいいなと思って、思考中の身ではあります。

~~~~
追記。
miracleさんの記事、別記事にトラバ頂いていました。
●可哀想な障害者様だ!
http://miraclemiracle.seesaa.net/article/89078500.html
これのことです。
アカリ |  2009.12.13(日) 10:46 |  URL |  【コメント編集】

♪angrer_j さんへ。

>「口と手」じゃなくって、足ですよーー。

そうです(^^;)
ご指摘ありがとうございます。
本文、訂正させて頂きました。

眠かったんだよ~~

でも、12月9日は「障害者の日」(最も、この記事を書くときに見たwikiでは、最近は「障害者週間」と取り上げることが多いらしいですが・・・・)までに関連記事を書こうとして、ちょっと、がんばっちゃいました(^^;)
それで間違ったことを書いていたら、どうしようもないのですけどね。

(ああ、最近職場が変わったので・・・・慣れない事によるストレスはありますね。そうでなくても12月は忙しいので・・・・。)

>確率から言えば、何万分の一とか、何百分の一とかという計算になるけれど、その確率に該当してしまうことは、あなたも私もみんな同じなのに、それに気付けない人がたくさんいる

そうですね。
自分のいる位置から物事を認識する以上、誰しも「他者」が見えなくなる危険性はありますが・・・・それでも、想像力がそれを補ってくれるという期待はあります。
自らへの戒めの言葉として、書いてみました。

「障害」だけではなくて。
いわゆる「社会的弱者」一般について言えるのではないかと思っています。
(「何をもって「弱者」とするか?」という問題からして、そうですから。)

>何かが不自由な人には、何かが不自由でない人が補ってあたりまえ。

>とりあえずそのような社会がより成熟した社会になるかと思う。

そう思います。
アカリ |  2009.12.13(日) 11:00 |  URL |  【コメント編集】

♪KMさんへ。

>ないす、ボケ。

師匠、お誉め頂きありがとうございます。(泣)

・・・・でも、私が書き間違いをしなければコメントは増えなかった気がするので・・・・災い転じて福と成す??(←なんか違う。)

>僕から見れば、手が使えなきゃ口や足など動くところを使うって普通のことなんですけどね。

それを殊更に賞賛するのは、確かに胡散臭さは感じますね。
「凄い」と賞賛することにより、「可哀想な身の上で」というのを強調することになる・・・・そこの辺りの特別視も又差別ではないかという。

最近読んだ「「弱者」とはだれか」という本に、そのことが載っていました。
『一見弱者の実存に温かく寄り添っているように見えて、実は逆に、「弱者」という社会的なスティグマ(聖痕)を彼らに刻みつけ、健常者との集団的境界線を不必要に引く働きがあるように思う(本文p.44より)』
(・・・・この本もまた纏めてみたいのですが、時間がない(泣))
アカリ |  2009.12.13(日) 11:13 |  URL |  【コメント編集】

♪文字の存在意義として

>それでも「ナイーブすぎ」と考える・発言する、その辺りをよかったら教えて貰えればと思うのですが・・・・。

表意文字の存在意義として森羅万象のあらゆる事柄を正確に伝えなければなりません。
善も正も伝えれば悪も害も伝えます。
文字の意義を無視して「がい」にする意味自体が無いのです。

もしも文字を開きたいと考えるなら、新語を考えるべきでしょうね。
優先援助者とか、要援助何級とか。
中畑 |  2009.12.13(日) 15:02 |  URL |  【コメント編集】

♪そもそもの表現

>表意文字の存在意義
中畑さん、そういう意味でしたか。
了解です。
ありがとうございます。

拙記事『「障害個性論」について』のコメント欄で書きましたが、「障害」という言葉自体が訳語であり、それも概念をきちんと表記した言葉ではないという話を聞いたことがありますし、私も「概念をきちんと表記できていないのではないか」と思います。

「障害」という言葉では、
WHOの国際障害分類(ICIDH)での「社会的不利(handicap)」の部分、
そしてICIDHに替わって採択されたICF(国際生活機能分類)でいうところの「環境因子(Environmental Factors)」の部分が、どうしても分かりづらいのです。
だから新語を考えたいのだが、なかなか上手くいかないという話も聞いたことがあります。
その、「障害」に替わる言葉として、「障がい」「障碑」があるのかな、という捉え方を私はしていました。

まあ、「言葉」というよりは。
その「運用」というか、現実に
>何かが不自由な人には、何かが不自由でない人が補ってあたりまえ。(angrer_jさんのコメントより拝借しました)
というのが叶えられていれば、「障害」という言葉に拘ることもなくなるのではないかと思うのですけどね・・・・。
それができない(できていない)というのが、自分の中で釈然としないところであり、もどかしくもあり・・・・といった感じではあります。
アカリ |  2009.12.13(日) 17:12 |  URL |  【コメント編集】

>弱者
弱者がいないと成り立たないお仕事ですから。
高齢者や障害者など、近所の人達がみんなで手伝うような世の中になったら、福祉関係の職業なんて必要ありませんし。
大人の世界にはよくある、政治家には票を、我らには金をっていう癒着、
福祉業界でも利権構造ができあがってますしね。
ですから、弱者を作り出し、弱者に対しては手厚く保護して、
いっぱい金をあげなきゃいけない世の中にしなきゃならないのですよ。
自分の生活が一番。

あとは、単なる偽善者程度ならまだ良いですけど、
依存のような状態になっていてしまい、
守られる側が強くなってしまっては、結びつきがなくなってしまうことを恐れ、
故に守る方は守られる側を、より弱者に仕立て上げる・・・
(共依存の場合は、守られる方も弱者を演じる。)
っつーことだったら、誰も幸福になれんですな、病院へ行けって感じ。

ま、うちの親分みたいな、自分の生活なんてどうでも良いっつー、
ホントにどうしようもない大馬鹿な博愛主義者もいますけど。
KM |  2009.12.14(月) 20:19 |  URL |  【コメント編集】

♪・・・・というか。

日本では、どちらかというと「地域互助」の考え方中心、といった感があります。
明治時代くらいからでしたっけ、国の施策の中で福祉が位置づけられるようになったのは。

>自分の生活が一番。

まあ、利権構造もありますし・・・・商売である以上、競争(いい意味でも悪い意味でも)ってありますからね・・・・。
理想は必要だと思うし、志の高い方々は大勢いらっしゃいますが、それだけではない、というところはあります。
(・・・・というか、福祉なお仕事のKMさんがそう言っていていいのかと言った感はありますが(^m^))

依存・・・・怖いですよね、確かに。
本人の自立心が削がれてしまわないようにも考えなくてはならないし・・・・かといって、過度な自立を強制もできない(してはいけない)し。
「幸福」の為に何ができるかという感じなのでしょうが。

何だか、とりとめのないコメントになりましたが。

>博愛主義者

この業界、多かれ少なかれ「博愛主義」あると思いますよ・・・・。
勿論、KMさんもね♪
アカリ |  2009.12.18(金) 23:16 |  URL |  【コメント編集】

♪思い出したので、追記。

「障害」という言葉について。
『1945年以前には、「障碍」が、一般的であったとする、見解もあります。』というご意見を頂いたことがあります。
(→http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-651.html#comment1253
アカリ |  2009.12.18(金) 23:18 |  URL |  【コメント編集】

僕は博愛主義者じゃないですよ、多分。
市役所のブラックリストに入ってそうなほど有名じゃないですし。

>日本では、どちらかというと「地域互助」の考え方中心、といった感があります。
昔は村社会って感じでしたからね、地域の繋がりは強い。(その反面、外やお上とはあまり関わりたくない。)
まあ、障害者の場合は、青い芝さん達がご活躍している頃くらいまで、
座敷牢などで他人に見せずに家族だけってのが普通だったみたいですが。

>1945年以前には、「障碍」が、一般的であったとする、見解もあります。
「不具」「不具者」じゃなかったかな?
今はもう、差別用語になってて、ほとんど使われてなさそう。
最近は「〇〇が不自由な方」って感じですが、
どうせ数十年後はそれも「差別だ」とか言われてそうな予感。
KM |  2009.12.21(月) 11:55 |  URL |  【コメント編集】

♪コメント遅くなりました。

博愛主義者=市役所のブラックリスト
ではない気がする・・・・。

でも、まあ、闘争(とでもいうのが適切な気がする)の歴史があるからこそ、変わっていくのでしょうから。
「座敷牢などで他人に見せずに家族だけ」も、本人の状況が人間的であるかというと、また違いますし。
そうして、世界は変わっていくのですよ・・・・。

>「不具」「不具者」
私も、こちらは聞いたことがあったのですよ、
で、「障碑」という言葉がとても新鮮で。
当時調べてみたかったのですが、資料に恵まれなくて調べられずにいます(泣)
で、「不具」「不具者」は差別用語になっていた気がする・・・・。

>最近は「〇〇が不自由な方」って感じですが、
>どうせ数十年後はそれも「差別だ」とか言われてそうな予感。

そうかもしれません。

言葉の問題は難しいなあと思います・・・・。


アカリ |  2009.12.26(土) 10:13 |  URL |  【コメント編集】

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