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2007.08.25 (Sat)

集団的自衛権(毎日ボートマッチ(えらぼーと)より)

毎日ボートマッチ(えらぼーと)の「ミニ解説」より。

集団的自衛権

 自国と同盟関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにも関わらず、実力で阻止する権利。これまで政府は「国際法上、権利は有するが、憲法第9条の下において許容される、必要最低限度の自衛権を超えるので行使できない」との解釈を示してきた。しかし安倍晋三首相は今年5月、首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を発足させ、この政府解釈の見直し検討に踏み出した。



【More・・・】

憲法条文・重要文書内に、「憲法制定時に自衛権が考慮されていた」旨の記述があったのは、先記事憲法9条と自衛隊(毎日ボートマップ(えらぼーと)より) にて引用した。

そして。「平和」~「平和」解釈 に、書いたけど。
日本国憲法内の「武力による威嚇又は武力の行使」について。
これには国連憲章第51条で規定された「集団的自衛権」の保有も含まれるとされ、

日本政府の解釈は、「日本は国際法上、集団的自衛権を保有するが、憲法9条の『国際紛争を解決する手段としては武力の行使を永久に放棄する』との規定により、その行使が認められていない」としている。

らしい。
(以上、☆集団的自衛権☆より抜粋)


なぜ、「集団的自衛権を保有」するとされているか、は。
国際法である「国連憲章」の作成と、日本国憲法の作成の時期では、「国連憲章」の作成の方が早いから。
国際連合憲章より。

国際連合(連合国:United Nations)の組織及び活動の基本原則を定めた法規。原案は、第二次世界大戦中の昭和19(1944)年8月から9月にかけて、米・英・ソ連・支那(連合国)が参加して作成され、昭和20(1945)年6月、サン-フランシスコ会議で採用され、同年10月24日に発効した。


対して、日本国憲法は1947年に施行された。(尚、憲法第9条の原案は、「マッカーサーノート」(1946年2月3日)の第2原則に由来する。)


でも。
もう既に、「行使」はなされたことがある。
それに対して。
『それでも。日本が軍隊を持つ事には反対です。自衛の為の軍隊である自衛隊は、日本から出てはならなかった。
力は、より強大な力しか生みださないから。
現実的とはいえない思想というのは、認めます。
(2006年09月15日 23:10)』(以上、原文のまま引用。「自衛の為の軍隊」→「自衛の為の集団」かな?)との思いは、実は今でも変わらなかったりする。


で。
ここからは、まだ調べたりしていない、単なる思いなのだけど。
(少しずつ、調べてみたいとは思ってます。)
「集団自衛権の行使」について。
○「行使」も、日本国憲法の制定時に考えられていたのか?(だとすると、第9条に関する問題については、改正までする必要ってなくなる。)
○「行使」は、下位法である「自衛隊法」とか他の法律で細かく規定して、その遵守を図るわけにはいかないのか?


「平和憲法」は残しておきたい、と思っている。

『(「核兵器廃絶」が幻想としても、)でも、夢を持たないと、実現しようとしないと、いつまでも何も変わりません。(2006年09月16日 00:22)』との思いは、今もある。
「平和」についての指標として、「平和憲法」があることに意義がある、そう思っている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
参考文献:
・伊藤真「憲法の力」集英社新書,2007
・斉藤貴男「ルポ 改憲潮流」岩波新書,2006
・豊島樽彦「集団的自衛権」岩波新書,2007
・山川剛「平和ブックレット4.希望を語り、希望を学ぶ」海鳥社、2005

参考リンク
憲法第9条改正問題の論点
憲法条文・重要文書
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本国憲法第9条
日本国憲法
国際連合憲章

関連拙記事(ボートマッチシリーズより)
憲法の改正(毎日ボートマッチ(えらぼーと)より)
憲法9条(毎日ボートマップ(えらぼーと)より)
憲法9条と自衛隊(毎日ボートマップ(えらぼーと)より)


書庫~毎日ボートマッチ(えらぼーと)~

平和~人間への信頼


~~~~~~~~~
追記。
この「集団的自衛権」を書くに当たって、二つの記事を気にしながらかいていた。
そのうちの一つに、トラバさせていただくつもりだ。
(実は、下の記事は、まだ読んでいない。だから、これから読んで、勉強させていただこうと、思っている。)

集団的自衛権(2)
EDIT  |  16:24  |  ちょい真面目<政治・時事>  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑

Comment

♪こちらでははじめまして

 さららさんの所のコメントのリンクからお訪ねしました。
 ブログ「トラッシュボックス」の深沢明人です。
 別にブログをお持ちだとは聞いていましたが、こちらだったのですね。
 私のブログを「お気に入りブログ」に入れていただいて、ありがとうございます。

 こちらの記事を読んで、ちょっと思ったことを書きます。


>なぜ、「集団的自衛権を保有」するとされているか、は。
国際法である「国連憲章」の作成と、日本国憲法の作成の時期では、「国連憲章」の作成の方が早いから。

 これは、正確には、わが国が、集団的自衛権を容認している国連に加盟しているから、ということになるのではないかと思います。
 では、国連に加盟していない国には、集団的自衛権の行使は認められないのかというと、そうでもないような気がします。
 そもそも、国家の自衛権というものは、個別的・集団的を問わず、当たり前のものとして認識されていた。それが、国連憲章制定時に、初めて明文化されたということのようです。
 で、その国連に加盟しているのだから、わが国は国際法上は当然に集団的自衛権を保有している。しかし、憲法上、個別的自衛権しか行使できない――というのが政府の説明です。


>○「行使」も、日本国憲法の制定時に考えられていたのか?(だとすると、第9条に関する問題については、改正までする必要ってなくなる。)

 私の知るかぎり、個別的・集団的と分けての行使の検討は、なされていないように思います。
 軍が解体された直後で、再軍備など考えられていなかった頃のことですから、自国が攻められた場合はともかく、他国の防衛にまで参加するかどうかなど、検討する余裕もなかったのではないかと思います。


>○「行使」は、下位法である「自衛隊法」とか他の法律で細かく規定して、その遵守を図るわけにはいかないのか?

 まず、政府が、集団的自衛権を容認するように憲法解釈を変更する必要があります。
 その上で、他国と相互防衛条約を結び、それに基づいて下位法で細かいことが決められる、ということになるのでしょう。
 集団的自衛権を明記するために改憲する必要はないと私は考えています(ただ、自衛隊、ないし国軍の保有を明記するための改憲は必要だと思います)。
 集団的自衛権容認論者である佐瀬昌盛は、

《他国の憲法で、自衛権を明記しているものはあっても、それを個別・集団の両面にわたって確認したり、いわんや集団的自衛権の保有に特に言及しているものはない。わが国は国連に加盟しており、国連憲章に意義または留保を唱えていない。そうである以上、集団的自衛権の保有および行使を憲法ないし他の国内法で明文的に否定しないかぎり、わが国がそれを個別的自衛権と並んで「固有の権利」として保有していることは自明なのだ。》(『集団的自衛権』PHP新書、2001、p.264)

と述べています。私もこれに賛成です。
深沢明人 |  2007.09.01(土) 14:16 |  URL |  【コメント編集】

♪コメントありがとうございます。

深沢明人さん、こちらでははじめまして。
以前はお世話になりました。

>別にブログをお持ちだとは聞いていましたが
はい・・・・というより、http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-658.html
http://thiamatosmind.seesaa.net/article/51614898.html
に、書きましたが、私は此処が本宅でして・・・・(苦笑)
seesaaの方は「野次馬」の為のブログだったもので、いろいろな方とお話させて頂きながら、罪悪感(そして、おもいっきり喋ることのできないもどかしさ)は常についてまわっていました。

貴ブログの「憲法」の話も、興味深く見ておりました。
学習足りないもので、コメントは出来ずにいましたが。

で。

>そもそも、国家の自衛権というものは、個別的・集団的を問わず、当たり前のものとして認識されていた。それが、国連憲章制定時に、初めて明文化されたということのようです。
あ・・・・私の認識が、ずれていたのですね。
不文律として、認識されていたのでしたら・・・・『国際法である「国連憲章」を考慮に入れて「日本国憲法」が作成された』という話の流れ、不自然ですね。

>私の知るかぎり、個別的・集団的と分けての行使の検討は、なされていないように思います。
ありがとうございます。
いくつか見たのですが、「個別的」「集団的」と分けての記述ってなくて・・・・自衛権は「個別的」「集団的」と分けて論じること自体意味をなさないのかなあ、とも思い始めていました。

>まず、政府が、集団的自衛権を容認するように憲法解釈を変更する必要があります。
ネット新聞にありましたが、その動きはあるみたいですね。
その解釈が「法を逸脱している」との指摘もあります・・・・やはり、「改憲」論議は進みますね・・・・もう少し考えてみたいと思います。

佐瀬昌盛さんの論。
私も、賛成します。
また、本を探して全部読んで見ます。

いろいろ教えてくださって、ありがとうございました。

アカリ |  2007.09.02(日) 08:30 |  URL |  【コメント編集】

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