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2007.09.25 (Tue)

「対話」に必要なものは何?

「対話」は、「会話」とは違う。
あらためて辞書を見てみる。

Yahoo!国語辞書「対話」より。

[名]スル向かい合って話し合うこと。また、その話。



どの辞書ひいても、似た記述が並ぶ。
そう。
「対話」とは、ただ話すのではなく、「お互いが向かい合うこと」なのだ。

とあるブログの「対話」を、私は少し前から気にして見ていた。(まあ、毎日は読めなかったのだけど。)

【More・・・】

そこは、★★反日ブログ監視所★★の、護憲派は改憲派との対話が嫌?(カテゴリー:ブログ批評)である。

「対話」の話をする前に。
★★反日ブログ監視所★★について、少し書こうと思う。(私のブログ読んでくれている方々の多くは、馴染みない名前の所だから。)
此処のブログは、主に「ブログ記事の批評」記事を書いている、といえばいいのではないか、と思う。
「反日」という言葉については、私には上手く同ブログの趣旨を説明できないので、此処には詳しく書かない。(私は「反日」というレッテルを貼る行為がどうにも好きになれないからである。)
ただ、管理人さんの「批評を受けいれる姿勢」は好ましく思っている。
(参考:惑星ナイン「とあるブログへの批判について」
注:当時この記事はseesaaのブログにて書きました。なので、今のHNとは別のHNで記載しています。)


~~~~~~~~~
さて、本論。

先ずは、護憲派は改憲派との対話が嫌?(カテゴリー:ブログ批評)に記載されたルールに基づいて。

尚、せっかくの有意義なテーマですので、コメント欄がグダグダの泥試合にならないように、コメントされる方は次に上げる幾つかのテーマに対する見解を最初に述べてください。

1.自分は護憲派か改憲派か。

2.秋山さんの指摘した護憲派ブログの特徴に同意するか。同意しないなら具体的にどのブログが該当しないか。

3.護憲派と改憲派の活発なやり取りが護憲派ブログにおいても改憲派ブログにおいても展開されることを良しとするかしないか。秋山さんはそれが必要であるというスタンスであるので、「真面目で活発なやり取りを良しとしない」と意思表明をする方はその理由。(尚、ブログ管理者はコメントの取り扱いに関しては自由裁量であるというのは当然の話であり、ここではそれは問題外。自由裁量であることを前提として、何故護憲派は改憲派に対して不寛容なのかを問題視しているからである)



私のスタンス。
1.護憲派、といえると思います。
2.同意しません。(具体的ブログは挙げられなくて、申し訳ないのですが・・・・)
3.真面目で活発なやりとりをよしとします。


で、この前提だけは書かせて頂いたけど。
私は、
>改憲派との議論や対話を拒む傾向にあるのは、左翼的な護憲派の特徴だという分析
それ自体に懐疑的。
(秋山さんのブログには書き込んできましたが)
ブログはいろいろな人が書いている。
「左翼だから対話を拒む」「右翼だから対話を望む」というのではなく、「対話を望む人もいれば、対話を望まない人もいる。」「高リテラルな人もいれば低リテラルな人もいる。」
それだけだと、思っているから。

~~~~~~~
私は、「対話」を行うには2つの要素が必要と考えている。
1)知識力
2)コミュニケーション力

1)について。
 きちんと「○○という文献(やデータ)から、私はこう思う。」という意見が言えること、と私は捉えている。
知識がなくても意見表明は可能なんだけど、でも、自分一人ではなく誰かと話し合おうとするとき、その根拠が示せる人を私は「高リテラル」と思っている。
データを示すことで、誰にでも検分が可能になるから。

2)について。
 最初に、「対話は、お互いが向かい合うこと」だと書いた。
此処の意味を誤解している人は多い気がする。
対話が成立しないのは、一方だけの責任ではない。双方が向かい合い、互いの意見に耳を傾けることで、自分の意見をより高めよう、深めようとできる人を私は「高リテラル」と思っている。
論破することを目的としている人は「高リテラル」とはいえないし、相手の言葉を封じる人は「高リテラル」とはいえない。

~~~~~~~~
そして。
「低リテラル」が「高リテラル」となるには。
1)自分で調べ、考える姿勢
2)いろいろなものを見ようとする姿勢
この2つが必要と考える。

2)について、少し詳しく書く。
 自分の意見をより高めよう、深めようとするとき、「自分と異なる意見」というものはとても貴重だと思う。
そして、その意見を知るために「会話」は重要と思う。
ただ。コミュニケーション力を向上させるには「自分が会話すること」も必要だと思うし、同時に「モデルケースを見ること」も重要と考えている。
「学ぶ」は「まねる」・・・・先ずはいいものを模倣すること。


~~~~~~~
それでは。
護憲派は改憲派との対話が嫌?(カテゴリー:ブログ批評)でのコメント欄について書いていこうと思う。

此処の話は、私は「対話」とはいえないと思う。
議題が「対話」についてであるから、期待してみていただけに、残念に思う。
(何故私が参加しなかったかというと、時間の制約もあるし、「いいもものを読ませて頂いて参考にしよう」という期待があった故だ。自分が知識力もコミュニケーション力も発展途上であるから。)

「対話」になり得なかった理由は3つ考えられる。
1)管理人ルールを遵守しない人がいた事。
2)ルール違反の注意に皆がやっきになり、その人の「主張」には耳を傾けようとはしなかったこと。
3)「護憲」という意見の人が現れなかったこと。

3)はね。
自分が行かないのを棚に上げて、でも言っちゃうけど。
「護憲派に問題多し」としている場所に行くのって、困難と思うよ。
(私は自分が未熟だと自覚しているから、議論の妨げになりたくなかったクチだし。)そして・・・・「此処のブログを皆が見ているはずだ!」というのも、驕り。別に静流さんは各所にトラバしていたわけではないし。
私が此処の場所の話を知ったのは、単にBBSでの会話を見ていたついで、だったしね。


まあ。
改憲派ブログを読むのは改憲派が多く、護憲派ブログを読むのは護憲派が多い。
だからこそ。
改憲派ブロガーと護憲派ブロガーとの「対話」は、皆が「高リテラル」と成りうる近道と、思うんだよね。
で、その為にこそ。
今「議論」している皆様は、今の会話を大切にして欲しいって、思う。
言葉の否定や揶揄は「自分が低リテラルだ」と宣伝しているようなものだもの、ね。


~~~~~~~
関連拙記事:
【対話】
口出しできない(?)話~1.ブログでの議論

~~~~~~~
トラバさせて頂きます。
護憲派は改憲派との対話が嫌?(カテゴリー:ブログ批評)
護憲派と改憲派の対話

あと・・・・秋山さんの所の反日ブログ監視所で「憲法議論」について対談しました(1)にもトラバしたいのだけど、今私のPCからアクセス出来ません・・・・。
EDIT  |  23:59  |  ちょい真面目<ネット関連>  |  TB(0)  |  CM(22)  |  Top↑

Comment

♪トラックバックありがとうございます♪

>「護憲派に問題多し」としている場所に行くのって、困難と思うよ。
私もこれ、そう思ったので、ちょっと「棘」のある記事を書いちゃいました(笑)。
特に、あそこで、管理人さんと違う意見ってのは、すご~く書きづらいような気が・・・。

もう少し、まともな記事書けばよかったかな。
と思ってたところなので、渡りに舟、というか、なんと言うか・・・。
ちょっと例えが間違ってるかもしれませんが、お忙しそうなのに、お騒がせして申し訳ありません。
またまた、助けていただいて、ありがとうございます。
さらら |  2007.09.26(水) 01:49 |  URL |  【コメント編集】

♪はじめまして♪

さららさん、こちらでははじめまして。
コメントありがとうございます♪

あは。
同意頂き、ありがとうございます。

>特に、あそこで、管理人さんと違う意見ってのは、すご~く書きづらいような気が・・・。
確かに、そうですよね・・・・。
私はまだ管理人さんとはあまりお話したことはないのですが、
http://miraclemiracle.seesaa.net/article/40998993.html#comment
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-573.html#comment
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-577.html#comment
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-592.html#comment

これだけ、でもね・・・・分かることって、ありますよ(苦笑)
相手が「まいった」というまで手を緩めないイメージなんですもの。
あ、これって「偏見」!?でも、上記エントリー全部読んでいただければ、私の気持ちもお分かりいただけるのでは・・・・ま、最初私から話しかけてますので、受け答えは当然とは思って会話してましたが、私以外のコメンテーターにまで回答求めてて・・・・いや、お気持ちとしては理解してるし、私もその人にお聞きしたいから、エントリー立てましたがね。

(注:さららさんはご存知とは思いますが、この私のコメント読んだ他の方々へ。上記エントリーは以前書いていたseesaaブログの転載であり、当時私は別HNを名乗っております。planetnine.blog97の記事の管理人の名前=アカリ、です。)

>もう少し、まともな記事書けばよかったかな。
いえいえ、さららさんの記事は主張が分かりやすくて、いいなあと思いましたよ。(多少感情的かな、と思ったので茶々だけ入れましたが(苦笑))
ま、私もあちらのエントリー、実は気にしていたので、記事にするいいきっかけになりました。
ありがとうございました。

>お忙しそうなのに、お騒がせして申し訳ありません。
>またまた、助けていただいて、ありがとうございます。
それは全く気にしてませんし、私こそ貴ブログで楽しませております♪
アカリ |  2007.09.27(木) 01:45 |  URL |  【コメント編集】

♪追記です。

該当管理人さんとの会話(続き)です。
全部コメント欄に貼ろうとしたら、「貼りすぎ」ということらしいので・・・・
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-604.html
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-631.html

これで、私のブログでの全会話は網羅した(笑)
・・・・と、思います。
該当管理人さんと話し出すと、話、長くなるのだもの・・・・(苦笑)
アカリ |  2007.09.27(木) 01:48 |  URL |  【コメント編集】

♪「対抗」と「敵視」

 再びお邪魔します。(礼)
 私がよく閲覧しているサイトで、とても納得できる論がありましたのでこの場をお借りして紹介します。

Kojii.net:オピニオン(2007/9/24)「アドバーサリーとエネミー」
http://www.kojii.net/opinion/col070924.html

 簡単に言うと、
・自分と異なる意見・立場からの反駁には「対抗」と「敵視」の2種類がある
・「対抗」は「異見」であり客観的議論の余地がある。「敵視」はその余地がない
・世の中には「対抗」を「敵視」と同一視してファビョってしまう器の狭い人間が割といる

 ……3番目は私の意訳ですが(笑)
 軍事分野にひっかけて論を展開しているのでとっつきにくいかもしれませんが、ブログ炎上のモデルケースに当てはめているくだりなんかはとても頷けてしまうのではないかなと思います(^^;


 あと、当エントリで話題になっています「護憲派は改憲派との対話が嫌?」についてですが……
 あれは唯一の「9条理念絶対維持派」的な方が「自分は9条をもっと強い縛りにしたいから改憲派だ、護憲派ではない」という屁理屈に逃げ込んで「遁走」したことで、結果的に「国防より9条が大切な人」の「対話能力の低さ」の(偏った)サンプルになったな、という感想しかありません。
 ルール違反を繰り返したのも「対話」を拒否するための手段だったでしょう。(「ブログでの反論コメ削除」なんかと、方法は違えど達成できる目的(自己意見敗北の防止)は同じですから)

1.他人にルールを守らせようとし、また自分も守る
2.自分はルールを守るが他人のルール違反は咎めない
3.ルールを守れない、他人はどうでもいい
4.他人にルールを守らせようとするが、自分は守らない

 あの記事は1と4が衝突してしまったがゆえに意図を果たし得なくなってしまいましたが……さて、悪いのは1と4、どちらがどれだけなのでしょうか。
 また、あの場にいた1の人達がすべて2だったら、果たして「ルールを決めて進めようとした」議論は、うまくいくことができたのでしょうか?

 失敗や挫折からでも、学べることは結構あるような気がします。
 少なくとも、私は4にだけはならないようにしようと常々思ってます……(苦笑)
Tamanegi |  2007.09.28(金) 00:31 |  URL |  【コメント編集】

♪Tamanegiさん、ありがとうございます。

リンク先、拝見しました。

『アドバーサリーだったら普通に応対する、エネミーだったらスルーする、というのが無難なところだろうか。

ところが世の中には、その区別を付けられない人がいて、自分の意見に異論を唱える人がいると、ひとくくりにエネミーだと思ってしまう場合がある。そして、単なる事実の指摘に対してすら「誹謗中傷」とかいう類の言葉を安易に使ってしまう。

そうしたパターンでは往々にして、blog 主が自ら本来のテーマから脱線して「議論のやり方」について自説を開陳してみたり、「どうして名無しさんのコメントは許せないのか」と延々と書き続けてみたり。そして、マナーがどうとか、相手の態度がどうとか、ちゃんと身元を明かせとかいう話になって、しまいにはコメント強制削除に走り、それがまた次なる炎上のきっかけを作り、という事態につながってしまう。』 のくだり、興味深く読みました。

これって、軍事関係だけでなく政治とか様々なエントリーでの『議論の成り立ちにくさ』にもいえると思いました。
「議論」はあくまでそこにいる人々によって為されるのであるから、もっと「会話」する、もっというと相手の主張を先ずは理解しようとするのが『真面目で活発なやり取り』につながると、私は思うのですよ。
高度な論旨展開も、自分の主張だけでは「議論」とは成りえないと思います。主張の開帳だけなら、自分のブログ記事で出来る。何故他者との「議論」が大事かというと、異なる視点に自らの論をさらすことで多角的な検証が可能ゆえと、そう思うのです。
そういう意味でいけば、私はあまり『真面目で活発なやりとり』ってみたことなくて、見てみたいからいわゆる「お堅い」ブログ探してネットサーフィンしています。(その流れ着いた場所での会話がもとで、Tamanegiさんにお会いすることが出来て、ご意見頂けるようになって、非常に嬉しいです!)
でも、「お堅い」ブログでも『高度な論旨展開』だけをよしとしてしまって、他者の視線を意識した「分かりやすさ」に欠ける気がして。
なんだか勿体無いなあと思うのです。

そして。
記事中の「議論」ですが。
>あの記事は1と4が衝突してしまったがゆえに意図を果たし得なくなってしまいましたが……さて、悪いのは1と4、どちらがどれだけなのでしょうか。
圧倒的に4なのでしょうが、「異論から言葉を引き出し、議論しようとする」ではなく「排除に向かおうとした」旨をもって、1にも責任はあると私は思います。
他人様の議論に凄く高等なことを求めている自覚はあるのですが。
でもね、「対話」は相手の言葉の真意を引きだし、建設的な方向に向かわせるものだから、そういう軌道修正も必要と思うのです。
その点、上記で挙げた箇所(主に私のブログ内)での静流さんの姿勢、私は素敵と思っています。きちんと私レベルまで降りてきて頂き、その上で持論を展開して頂けてますもの。

>また、あの場にいた1の人達がすべて2だったら、果たして「ルールを決めて進めようとした」議論は、うまくいくことができたのでしょうか?
此処はうまく考えがまとまらないのですが・・・・あの場にいた1の人達が軌道修正をして、4の人の納得可能な「新たなルール」にする必要が生じるかな、と、思いました。
アカリ |  2007.09.28(金) 02:41 |  URL |  【コメント編集】

♪護憲派でコメント書くと削除か「晒し」

ヤフーの「護憲派」ブログでコメント書くと、確実に削除か「晒し」です。

特に、自衛隊関連の矛盾点や誤解を指摘したりすると確実にね。

さららさんやアカリさんみたいなのはごく小数だとおもいます。

どちらも、一方しか向いてません。

nukunuku |  2007.09.28(金) 07:52 |  URL |  【コメント編集】

♪>此処の話は、私は「対話」とはいえないと思う。

僕は今回の記事において、別に対話になる必要もないですし、また護憲派からの意見っても必要ない、と思っています。
確かに改憲派だけでは護憲派の批判しか出てこないだろう、と思うのが普通ですし、実際そんな感じです。
でも、僕は、その改憲派が全員にないにしても、
「何故護憲派には議論しない人が多いのか?」
→「では、どうすれば護憲派の議論しない人が議論するようになるのか?」
→「そのためには、議論しない護憲派にどうアプローチしていけばいいのか?」
→「護憲派と改憲派が議論できる状況になる」(=最終目標)
と、議論したい改憲派が議論しない護憲派との議論の道筋を考えていくのに、今回の議題は重要なテーマだと思っています。
まだ本当の議論の準備段階に過ぎない状態であり、ここで護憲派と対話なんてしていたら、話がこじれるだけで終わるでしょう。
今回はこれで最初の短期目標は果たされたと思っています。
長期目標の達成を考えるのはまだまだ先、いろいろな短期目標を解決してからです。

「何故、相手はそのように思うのか? 何故、そのような行動を取るのか?」
僕はこうして相手の身になって考えること、それが相互理解の第一歩だと考えています。
KM |  2007.09.28(金) 12:11 |  URL |  【コメント編集】

こんにちは。
>私は、「対話」を行うには2つの要素が必要と考えている。
>1)知識力
>2)コミュニケーション力


私はそれに加えて「責任感」が必要だと思います。
責任感のない人間とは話になりません。
しかし、それと護憲派か、改憲派かは全く関係ないですが。

黒羊 |  2007.09.28(金) 15:58 |  URL |  【コメント編集】

♪nukunukuさんへ。

こちらでは、http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-450.html以来ですね・・・・その節はありがとうございました。

>ヤフーの「護憲派」ブログでコメント書くと、確実に削除か「晒し」です。
ご経験からなのでしょうね。
でも、Yahoo!以外でもそういうことってありがちな気がして、そこは嫌だなあとも思うのですよね。私は『真面目で活発な議論』が見たいだけで他意はないのですが。
ただ、「改憲派」ブログの方ってあまり知らないのですが、「上から目線だなあ」と気になることもあります・・・・もっとも、「護憲派」ブログにもありますが。

ただそれは管理人さんの姿勢であって、一括りに捉えたくないというのもあるのです。一括りにしてしまうと『真面目で活発な議論』にはならないのではという危惧(というか悲観論)になってしまいそうなので。

>どちらも、一方しか向いてません。
というのも、私の経験からは納得しているのですが、「それじゃ駄目でしょう」とも思うのですよね・・・・。ま、nukunukuさんもそうお思いだと思っていますが。

で。
>さららさんやアカリさんみたいなのはごく小数だとおもいます。
さららさんは凄い、と思います。
でもって、私の事もお褒め頂きありがとうございます・・・・自分ではまだまださららさんの域には達してないなとも思いますが。(言い訳・・・・政治にしろ軍事にしろ、まだまだ知識足りない自覚はあります(苦笑)精進あるのみ、ですね。)

アカリ |  2007.09.29(土) 02:53 |  URL |  【コメント編集】

♪KMさんへ。

>僕は今回の記事において、別に対話になる必要もないですし、また護憲派からの意見っても必要ない、と思っています。

ああ、そういう視点、私にはなかったですね・・・・。
ありがとうございます。
あちらのエントリーでは護憲派への悪口(というか、私は改憲派による「上から目線」と感じました・・・・)ばかりなので、読んでいてついつい感情的になってしまってたのかな・・・・。

スモールステップ(ケアプラン作成等ではよくいう言葉ですね)かあ・・・・言われてみると、確かにそうですね。
溝があるなら、埋める努力は必要で。
ならば、「護憲派」側でも同じような試みはあってしかるべきですよね。(そういう試みをされている場所もあるのでしょうが、私は知らないので。)

>「何故、相手はそのように思うのか? 何故、そのような行動を取るのか?」
>僕はこうして相手の身になって考えること、それが相互理解の第一歩だと考えています。

同感です。
自分もそうありたいな、と。
精進します。
アカリ |  2007.09.29(土) 03:02 |  URL |  【コメント編集】

♪黒羊さんへ。

>私はそれに加えて「責任感」が必要だと思います。
そうですね・・・・あんまり当たり前すぎて、忘れてました。
ありがとうございます。

ただ、ね。
黒羊さんから見ると不自然なのでしょうが・・・・「責任」という言葉は強すぎて、かえって反発する人もいるみたいなのです。(面と向かって「発言責任なんて戯言」とも言われたことがあります。)
で、「責任」の替わりに「誠意」という表現を使いたいなあ、と思います。

>しかし、それと護憲派か、改憲派かは全く関係ないですが。
そうですね。
いろいろな人がいる、ただそれだけですね。

ただ「責任感の有無」は、どうやって見分ければいいのだろう、とは思っていまして。
その意味で、
>(前略)もっと単純に「どのような集団にも一定の割合で馬鹿が存在する」と言う話だと私は単純に思っています。んで、まともな人間とキチガイのリトマス試験紙として「人の話をきく姿勢がある」というのは使えると思います。
>もっと有効ではっきりと分かるリトマス試験紙が存在して、改憲派と護憲派の生産性のある議論ができればよいと思います。
>Responded by administrator at 2007-08-14 23:09:02

>>秋山さんの第一から第五にまとめ方について

>最大の問題は「リテラシー」の高い人とは何かという部分だと思います。
>何か、わかりやすいフラグが存在すればよいかと思うのですが。

>私はブログのコメント欄やトラックバックを承認性にしている/していないが一つのフラグかと
>思っているのですが、
http://anti-antijapan.com/modules/nmblog/response.php?aid=25
>のようなアクロバチックな展開をし始めるとそれもどうかなとも思います。

>あと、リテラシーの高さを示すには、Looperさんのような方をノイズとして処理することは良くないと思うのです。まあ、一応ルールに従ってくれればいいんですけどね。
>Responded by administrator at 2007-08-15 00:24:35

とかのコメントには興味持って見ていました。
(あ、両方miracleさんのコメントだ(笑)今回、私はmiracleさんの意見に結構似ていましたね。)

この話の続きを考えたいな、というので此処の記事を書きました。
アカリ |  2007.09.29(土) 03:27 |  URL |  【コメント編集】

>「責任」という言葉は強すぎて、かえって反発する人もいるみたいなのです
反発する人は、責任を取りたくない、または取ることができない人なんでしょう。
誠意と責任はまた別なので。私からすると誠意の方が言葉的に重たいですね。
>Looperさんのような方をノイズとして処理することは良くないと思う
半分同意、半分不同意。彼がたまに出すやくざのインネン並みコメントは、フィルター掛けておかないと。
ただし、秋山さんには、彼の意見に対して明確に説明する責任があるとは思います。
黒羊 |  2007.09.29(土) 08:04 |  URL |  【コメント編集】

♪・・・・私も少し違和感感じるときがありますよ。

>反発する人は、責任を取りたくない、または取ることができない人なんでしょう。
あう・・・・「責任」と言われると、私も少し違和感感じるときがあります。

確かに、記事にしたのは私だし、コメントしたのは私。
言葉に対しての「責任」はあると思います。
それはいつも。
ただ、ねえ・・・・別の方から「貴女には責任がある」と言われると、その「責任」追及の姿勢には違和感を感じるのですよ。(ま、今まで私が言われた事はないのですが・・・・「責任」を追及される方の姿は、本当に、よく見ましたので(苦笑))
「責任」追及と言いながら、相手に自分の考えを押し付けてはいないか?という。
「責任」は自発的に負うものであると思うから、押し付けはしたくないのです。

そして。
>誠意と責任はまた別なので。
そうですね・・・・ごめんなさい。
でもね、私としては例えば「誰かからのコメントに応える」のは「責任」故ではなく、管理人として、又はコメンテーターとしての「誠意」故と思っております。

でもって、私は「誠意」を言葉として重く感じることはありません。
人として「誠意」を持って他人に相対するのは当たり前と思っているから。
例え、それがブログという、文字だけの世界であっても。

Looperさんのインネン並みコメント程ではないかもしれませんが、私も似たコメントは頂いたことありますよ・・・・でも、普通に応対したら相手も私レベルに降りてきてくださった経験ばかりでしたので・・・・私、甘ちゃんなのでしょうかね(苦笑)
秋山さんについては、同感です。


アカリ |  2007.09.29(土) 15:45 |  URL |  【コメント編集】

♪「責任」は必ずしも否定的要素ではない

>「責任」という言葉は強すぎて、かえって反発する
>「責任」の替わりに「誠意」という表現を使いたい

 言葉の定義における印象や真意は人それぞれなので、絶対というわけではないのですが。

 日本ではどうも「責任」というと、「悪いこと」という意識が強すぎるのかなと。
 戦争責任とか人道的責任とか、そういうサヨク系キーワードが戦後を風靡したせいでしょうかね?(苦笑)

 「責任」っていうのは「他者に課される」ものと、「自ら課す」ものの2通りあるのだとは思います。
 で、「自分の発言に責任を持つ」人達というのは後者の「責任」を果たしていて(結果として前者の「責任」――場のルールを守るとか要望された説明に答えるとか――も果たしていることが多い)、「発言が無責任」な人達は前者の「責任」を拒絶している(そのくせ場のルールは守らなかったり、相手に対して「発言の責任を負わせ」ようとすることが多い。ダブスタ)、という感じでしょうか。

 改憲/護憲改め「防衛力行使の肯定/否定」に関しては、自己批判も含めて言うなら、互いへの固定観念がひとつの障壁にはなっていると思います。

・行使肯定派→否定派:お花畑、理想ばかりで現実の被害を見てない、特亜の軍事力はスルーかよ
・行使否定派→肯定派:軍国主義者、戦争賛美、過去の日本の罪を正当化してる、ネットウヨク

 このレッテルからある程度脱却した者同士(いわゆる「高リテラル」というか、「対抗」と「敵意」の区別がついてる人達)であれば、対立意見の持ち主でもちゃんと「対話」ができてるような気がします。経験則的に。
 ただ、個人的に言わせてもらうと「上のレッテルは「実例」があまりに多い、下のは「実例」をほとんど見たことない」という差はありますが(苦笑)

 誰でもツッコミどころのある発言というのはしてしまうものです(ミスを無くすのはなかなか難しい)が、それを指摘されてきちんと直せるか・指摘側も揚げ足取りではなく修正や反論にきちんと返礼をできるか、というのもあるかなと思ったり。
 議題を進める(深める)ための質問と、議題本論から話を逸らすための質問というのは、それゆえにきちんと峻別されなければいけない。互いに、発言に責任を負い合いながら(負わせ合いながら、ではなく)。

※だからこそ「発言に責任を持とうとしない人」は忌避される、とも言えます(^^;
※自分だけ負担から逃げてるに等しいわけですから。
Tamanegi |  2007.09.29(土) 16:57 |  URL |  【コメント編集】

♪「課される」のは苦手です・・・・

Tamanegiさんのコメント、私の言葉足らずをいつも補って頂けて、ありがたいです。

>「責任」っていうのは「他者に課される」ものと、「自ら課す」ものの2通りあるのだとは思います。
そうですね、「2種類ある」と書くと、私の違和感も説明しやすいですね。

私は「他者に課される」というその事に「違和感」を感じているのです。
『「責任」は自発的に負うものであると思うから、押し付けはしたくないのです。(2007.09.29(土) 15:45より) 』

そして・・・・
『「責任」という言葉は強すぎて、かえって反発する人もいるみたいなのです。(面と向かって「発言責任なんて戯言」とも言われたことがあります。)(2007.09.29(土) 03:27 より)』なのですが・・・・私は「自発的に負う責任」の話をしている積もりだったのですが、相手の方々はおそらく「他者に課される」責任の話と思って、「他者に課す」つまり押しつけではないか、と反発したのかな、と思うのですよね。
やっぱ、きちんと説明できないって、哀しいですね・・・・・。

>・行使肯定派→否定派:お花畑、理想ばかりで現実の被害を見てない、特亜の軍事力はスルーかよ
>・行使否定派→肯定派:軍国主義者、戦争賛美、過去の日本の罪を正当化してる、ネットウヨク
そうですね。凄く納得できます。
私が見たことあるのは、下の例が多かったです。

>議題を進める(深める)ための質問と、議題本論から話を逸らすための質問というのは、それゆえにきちんと峻別されなければいけない。互いに、発言に責任を負い合いながら(負わせ合いながら、ではなく)。
そうですね・・・・私もおかしな質問してたりしますから・・・・気をつけるようにしたいものです(反省)。

あと。
少し気になったので。
> 戦争責任とか人道的責任とか、そういうサヨク系キーワード
あ、私この言葉、好きですよ。「サヨク」なのかしらん・・・・ま、私は私なので、どう呼ばれようといいのですが。
でも、「反日ブログ監視所」さんでは「サヨクは責任感がない」というエントリーばかりだった記憶があるのです・・・・
アカリ |  2007.09.29(土) 19:30 |  URL |  【コメント編集】

♪気持ちはわかります

 発言への責任、に限らず「他者に課される」のは、まあ誰でも嫌だろうとは思います。はい(^^;
 それゆえに「最初にルールを決め」たり、「礼儀を守」ったり、「誠実に応対し」たりすることで「率先して責任を分担して負い合う」のが「対話」、ということなのでしょうね。

 そこがわかっている人なら、「発言に責任を持て」と言われても「当然でしょ?」という反応になる(ないしそもそもそういうやり取りが発生しない)かなと。
 議論の本筋に関する質問に答えない、あるいは質問の意図をちゃんと相手に伝えず的外れな質問ばかりを「かけ逃げ」する、場の共通ルールを守らない……そういった「無責任な態度」が出てくると、その場の集合意識として「話の通じないヤツだなコイツ」という排外的雰囲気が作られてしまうのはやむを得ないと思います。

 あと、アカリ様の「発言」はわかりやすい……もう少し言えば「わかってもらえる努力をしている(=責任を持って発言している)」と思いますよ。
 結果として表現が足りないな、ということは誰にでも(もちろん私にも)たくさんあります。意図的に表現を取捨選択しておいて、後から「違います、実は~だったんですよ」とやる手法(誰の手法かはノーコメント)とは区別するのも容易ですしね。


>私この言葉、好きですよ。「サヨク」なのかしらん・・・・

 ああ……そこは[「責任=他者に課すもの」というイメージが前面に出ている単語]として挙げただけなので、気にしないでください(汗)
 私の中ではどんなに左翼的思想であっても「ダブスタしない」誠実さがあればサヨクではないです。逆に、右派サイドでもダブスタ上等な人はサヨクと認定してます。
 なのでアカリ様は(私から見て)サヨクではないです、失礼しました(苦笑)
Tamanegi |  2007.09.29(土) 23:25 |  URL |  【コメント編集】

Tamanegi さんが責任を他者に課されるものと自分で課すものと二通りあると言うのはわかりやすいですね。

でさらに言わせると、私は「他者に課される責任」≒「自分で課す責任」ではないかと思うんです。
ですから、あくまで自分が負える範囲の責任を他者に同様に求めるだけで、それに応じられないのは、無能か悪意かとしか考えないです。
ただ無能や悪意は、護憲とか改憲とかとは関係ない。
責任も、誠意と同様にいやむしろそれ以上に、人としての根本的なものだと思いますよ。

誠意を尽くしたら、余計に誤解された黒羊です。
黒羊 |  2007.09.30(日) 01:08 |  URL |  【コメント編集】

追記
ある人が、私を無責任だと思ったことは、私が無能か、不徳の致すところですね。
そこから、誠意を以って、責任をとるよう努力する必要性が生じると思いますが。
黒羊 |  2007.09.30(日) 01:11 |  URL |  【コメント編集】

♪Tamanegiさんへ。

>気持ちはわかります
同意頂きありがとうございます。

>それゆえに「最初にルールを決め」たり、「礼儀を守」ったり、「誠実に応対し」たりすることで「率先して責任を分担して負い合う」のが「対話」、ということなのでしょうね。

そうですね。
この部分、「対話」のルールにもなりえますね。
ルールを決めての話し合い。
礼儀を守ったり、誠実に応対すること。
あ、何だか少し纏まってきました・・・・・ありがとうございます。

>アカリ様の「発言」はわかりやすい……もう少し言えば「わかってもらえる努力をしている(=責任を持って発言している)」と思いますよ。
ありがとうございます。
精進します。

『私この言葉、好きですよ。「サヨク」なのかしらん・・・・』の部分は、単なる愚痴です。ごめんなさい・・・・。
皆さん、「左翼」と「サヨク」を使い分けている気がして、私にはその違いってよくわからなくて・・・・見つけた違いが「責任感がある、と見なされているか」だったのです。
>アカリ様は(私から見て)サヨクではないです、失礼しました(苦笑)
とのこと、ありがとうございます(^ー^)
アカリ |  2007.09.30(日) 10:08 |  URL |  【コメント編集】

♪黒羊さんへ。

>でさらに言わせると、私は「他者に課される責任」≒「自分で課す責任」ではないかと思うんです。
確かに、そうですよね・・・・私も、自分が行動不可能なことを他人に求めたいとは思いませんから。

ただ、「自分で自分に課す責任」の量も、それこそ人によって違いますよね。
>それに応じられないのは、無能か悪意かとしか考えないです。
此処まではっきり言われると、言葉としてはきついかなあと・・・・
私は。自分に課している責任の量が多いとはいえないと自分で思っていますから。(より多くの責任を負えるよう精進したいとは思います。)
誰かに「無能」といわれるのも何だかひっかかりはするのですが・・・・それこそ「単なる感情的な反発」なのでしょうね。
ま、過剰なものは負えませんから、「そんなものだ」と自分の現状を認めてしまうしかないのかな。(「あきらめる」のではないですよ、念のため。)

追記部分の
>ある人が、私を無責任だと思ったことは、私が無能か、不徳の致すところですね。
>そこから、誠意を以って、責任をとるよう努力する必要性が生じると思いますが。
については、私も常に思っています。
全面的に同意します!

で・・・・
>誠意を尽くしたら、余計に誤解された黒羊です。
お気の毒ですね・・・・(;_;)

アカリ |  2007.09.30(日) 10:23 |  URL |  【コメント編集】

>お気の毒ですね・・・・(;_;)
はい。自分が気の毒なので最近、やけっぱちになって、
遊びまわってますが気にしないで下さい。
30代独身実家暮らしは、金がある分性質が悪くなりますね。

>此処まではっきり言われると、言葉としてはきついかなあと・・・・
モヒカン族なので、はっきりと言ってしまうのと、年取って短気になってきたので、直球表現をするので、脳内で変換してやってください。
黒羊 |  2007.10.01(月) 00:17 |  URL |  【コメント編集】

♪了解しました。

>モヒカン族なので、はっきりと言ってしまうのと、年取って短気になってきたので、直球表現をするので、脳内で変換してやってください。

「脳内変換」の件は了解しました!
でも・・・・「年取って」の一言は、なんだか・・・・だって、まだ30代でしょう・・・・。

>30代独身実家暮らしは、金がある分性質が悪くなりますね。
ああ、何だか優雅ですね・・・・此処は羨ましいですね。

アカリ |  2007.10.01(月) 01:39 |  URL |  【コメント編集】

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