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2007.12.16 (Sun)

「学力」とゆとり教育

前記事「経済協力開発機構(OECD)の「学習到達度調査」(PISA)」で、言葉のあやふやと思うことについて。
別にコメントに書いてもよかったのだけど、これからも気にしていくと思うので、新記事にしておく。

~~~~~~~
「学力」とは何か、についてが、前記事には説明していなかった感があるため、言葉としてあやふやだった様に思う。

日本で今まで重視されていたのは「知識」。
経済協力開発機構(OECD)の「学習到達度調査」(PISA)で評価しているのは、「読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシー、問題解決」。

で、
日本としては、「知識知識重視型教育」からの反発として、「ゆとり教育」が唱えられた。
私は、『学習者の多様な能力を伸張させることを目指す教育理念(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ゆとり教育より)』というものは、間違っていないとは思っている。

まあ。「ゆとり教育」としてなされたものの中にはには「公務員の休日に合わせて教員の休日を増やす」というものもあり、それは変だとは思うけれど。

それでも、『学習者の多様な能力を伸張させることを目指す教育理念』は、間違っていない。
成果が出ない、というものを判断するのは時期尚早とは思う。

ただ、「多様な能力」を重視する余り、基となる「知識」を軽視したことは問題と思っている。

~~~~~
参考リンク:
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ゆとり教育
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』学力低下

カテゴリー「教育」リンク
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Comment

 日本の場合、一番の問題、困難は、子供の消費が、本来所得が無い(場合が大半)にも係わらず、経済構造の不可欠の部分として、多分産業連関表(笑)にも組み込まれて、命の成長としての発達の機会を、商品・情報消費に奪われてしまっている。
 こんな点に、根があるかと思います。

ゆびとんぼ |  2007.12.17(月) 21:38 |  URL |  【コメント編集】

♪ご無沙汰しています。

ゆびとんぼさん、コメントありがとうございます。
お返事遅くなりました。

>命の成長としての発達の機会を、商品・情報消費に奪われてしまっている

確かにそうですね・・・・「早期教育」「塾・家庭学習教材」など、私が知っているだけでも様々なものがあります。
私はあまり興味がないのですが・・・・以前、家庭学習教材のセールスの方には「学校での勉強だけでは子どもは皆についていけない、こうした産業にお金をかけるのは必然だ」みたいな事を言われたことがあります。
学校で教わる前に3分の2の子どもは塾等で習っている、という感じもありますね。
でも、「早期教育」という意味を考えるとき、私などは「臨界点」を考えてしまいますので、「果たして子どもの為になっているか?」という点では懐疑的なのです。
例えば。かけ算のしくみも知らないまま暗記だけしていては、応用が利かないとか・・・・そういった「教育」では、応用力は育たない訳です。

私は、「家庭・地域の中にゆとりを持った教育環境があるか」という事が気になります。
学校教育だけが教育ではない、そう思います。
親の事情(仕事等)・地域の事情はそのまま、闇雲に「学校の教育時間・教育内容の削減」を行った、それが「ゆとり教育」の歪みとなった、そう思っています。

アカリ |  2007.12.22(土) 01:37 |  URL |  【コメント編集】

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