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2007.12.28 (Fri)

教科書検定問題:集団自決の主因は「軍の関与」と認定

沖縄集団自決に関する教科書検定問題が、決着する見通しとなったらしい。

沖縄集団自決、「軍の関与」認める・教科書検定問題より。

沖縄戦の集団自決を巡る高校教科書検定問題で、渡海紀三朗文部科学相は26日、「日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた人もいる」などとした教科書会社6社の訂正申請を承認した。「軍による強制」など直接的な表現は避けたが、集団自決の主因は「軍の関与」と認定。検定で削られた記述が復活し、事実上の検定意見の撤回となった。


別の場所では。玉虫色の決着、ともあった。
そうだよね。
『検定意見自体は撤回していない』でも『集団自決の主因は「軍の関与」』ということ、だもの・・・・。
「軍の関与」というよりは。その時代の狂気とでもいうものが主因とは思うのだけど・・・・。

【More・・・】

~~~~~~
んと。
追記、といっては何だけど。
ゆびとんぼ *YUBITONBOさんの沖縄戦の集団自決でも、同ニュースが取り上げられていて。
そこに気になる記述があったので、掲載する。

訂正申請を審査している教科用図書検定調査審議会の日本史小委員会が、「日本軍の強制」を直接的に記述する訂正は承認すべきでないとする方針・・、これを受けてのようです。

 この日本史小委員会のメンバーは非公開、また審議の経過も同じです。それを明かしてこそ情報公開。
これでは駄目なのです。
 この会議の中で、**集団自決の背景には、軍の存在を含む「複合的な要因」**が多数意見だとの事ですが、やはりその発言すべてを公表して、社会に問うべきものでしょう。


確かに、そうだよね。メンバーも審議過程も非公開のままで、結果だけ知らされるのもなんだか、という気がする。

少し調べてみた。
ワードBOX 西日本新聞 教科書検定審議会より。

正式には教科用図書検定調査審議会。出版社が申請した教科書について、学習指導要領に沿った客観的で中立公正な記述かを学術的見地から審査する専門機関。文科相が検定審の答申を基に合否を決定する。文科省の教科書調査官が提出する調査意見書などを基に審議。修正が必要と判断した場合、文書で「検定意見」を通知し、教科書会社の修正後に再審査するのが通例。メンバーは大学教授など約120人(今年8月現在)で、教科ごとに部会を置く。自由な議論を保障するため審議は非公開とし、議事録も作成されない。


教科書検定審議会日本史小委員会委員と、検定審の要請で意見書を提出した専門家は次の通り。それぞれほかに1人ずついるが、文部科学省は「本人の意向」を理由に氏名などを公表していない。

 (敬称略)

 【日本史小委員会委員】有馬学(九州大大学院教授)▽上山和雄(国学院大教授)▽波多野澄雄(筑波大副学長)▽広瀬順晧(駿河台大教授)▽二木謙一(国学院大名誉教授)▽松尾美恵子(学習院女子大教授)▽吉岡真之(国立歴史民俗博物館教授)

 【意見書を提出した専門家】大城将保(沖縄県史編集委員)▽我部政男(山梨学院大教授)▽高良倉吉(琉球大教授)▽秦郁彦(現代史家)▽林博史(関東学院大教授)▽原剛(防衛研究所戦史部客員研究員)▽外間守善(沖縄学研究所所長)▽山室建徳(帝京大講師)


「専門家」の意見については、ワードBOX 西日本新聞 教科書検定審議会に掲載されている。
私としては、『軍の強制と誘導によるものとはいえない』とは思っているけれど。

ただ、「軍の関与の否定」に不満の声もある。
僕らの教科書から「軍強制」消えた/高校生ら危機感と憤りより。

「なぜ、正しい記述が認められないの」。沖縄戦「集団自決(強制集団死)」に関する検定問題で、「日本軍」と「強制」を直接つなげる表現を認めなかった教科用図書検定調査審議会の結論に、実際に教科書を使う立場にある県内高校生から戸惑いと不満の声が上がった。9・29県民大会で決議された「検定意見撤回」は実現せず、「僕たちや後輩たちに悪影響が出る」と危機感を募らせた。


こういう意見も、ある。


まあ。
異例の教科書検定訂正申請でも、書いた通り。
教科書「を」教えるのではなく、教科書「で」教えるもの、だから。
教科書が「玉虫色」になるのも仕方ないとは思うし、「教えるとき」に「どんな」情報を「如何にして」提示するか、そこから「何を」教えるか、だよね。

歴史を教えるとは、過去を正しく見つめ、それを未来に活かすことである。

~~~~~~~
関連拙記事:
異例の教科書検定訂正申請
非修正の教科書会社も訂正申請
「沖縄ノート」と「「集団自決」の真実」を読んで

カテゴリー「教育」リンク
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Comment

♪歴史に「客観性を排した主観」は要らない

>集団自決の主因は「軍の関与」と認定

 個人的には、この部分がどうしても引っかかりますね。
 今となってはどうにもならないでしょうけれども……

1.もし沖縄に日本軍がいなければ、集団自決は起きなかったか?
2.もし沖縄に日本軍がおらず一切の武器や物資もなければ、集団自決は起きなかったか?
3.もし日本軍が「自決禁止」を明確に命じていたら、集団自決は起きなかったか?

 3を実証する方法はもはやありません。
 しかし、1と2は例えば「真岡電信電話局自決殉職」等にも類例があります。
 あれもまた「日本軍の関与が主因」だと証明することが果たして可能かどうか?

 私は「123、どれでも集団自決は起きた」だろうと思います。悲しいですが。

>「軍の関与」というよりは。その時代の狂気とでもいうものが主因とは思うのだけど

 同感です。
 日本軍や過去の日本をどうあっても非難したい人達は、その「時代の狂気」そのものを日本軍と戦前の日本と同一化したいのでしょうけれども。それはそれで「見たくないものにフタをする」態度ではないかと思います……
Tamanegi |  2007.12.31(月) 02:07 |  URL |  【コメント編集】

♪命令はしてないが関与はした、軍に原因あり・・・

なんか、これだと個人のどんな行動でも「誰かの強制・関与」によって行われたってことにできるのではないでしょうか?
個々が行った光市母子殺害事件の弁護士への多くの懲戒請求は、
橋下弁護士にそそのかされた集団だという訴訟と同じに思えます。
結局、「そんな雰囲気を作った奴が悪い。」ってことですよね?
これって、逆に自決なさった方々に失礼じゃないのかな?

こんな感じだったら、これからは、
庶民が影響を受けやすい著名人・新聞・テレビ番組・雑誌などは、多額の賠償金払わなきゃいけなくなりますね。
大変だ。
KM |  2007.12.31(月) 11:07 |  URL |  【コメント編集】

♪Tamanegi さんへ。

コメントありがとうございます。

>>集団自決の主因は「軍の関与」と認定
>個人的には、この部分がどうしても引っかかりますね。

そうですか・・・・。
私は「日本軍」自体は、「どうあっても批判」とのスタンスではないのですが。
むしろ、日本軍も「時代の狂気、とでも呼ぶべきもの」の被害者かも・・・・とは思うのですが、それでも「民間人」よりは時代の雰囲気に関わっていた気がするのですよね・・・・。そういう意味では「加害者」かも、とは思っています。
沖縄に駐留していたから「原因」ではなく、独善的な軍隊の存在自体が「原因の一つ」になるのかな、と。
上手く言えないのですが。
その時代の事を何も知らないのに、失礼な言い方を(私が)しているとは思います・・・・。

「真岡電信電話局自決殉職」、知らなかったので学習になりました。
>私は「123、どれでも集団自決は起きた」だろうと思います。
私も、そう思います。悲しいことですけれど。

題の
>歴史に「客観性を排した主観」は要らない
その通りと思います。
アカリ |  2007.12.31(月) 20:11 |  URL |  【コメント編集】

♪KMさんへ。

コメントありがとうございます。

>これだと個人のどんな行動でも「誰かの強制・関与」によって行われたってことにできるのではないでしょうか?
>こんな感じだったら、これからは、
庶民が影響を受けやすい著名人・新聞・テレビ番組・雑誌などは、多額の賠償金払わなきゃいけなくなりますね。

う~~ん、私は違う考えでいます。
当時の時代の雰囲気、というか。
軍隊ー民間人、というタテの力関係があって。それで「命令はないけれど『強制力』は生じた」のかなあと・・・・。
今の時代にあてはめて考えるのも、どうかなあとは思うのです。

ちなみに。
光市母子殺害事件の弁護士への多くの懲戒請求。
私は、個々人の判断ではあるけれど、「懲戒請求」というものを安易にさせた部分では橋下弁護士も説明不足と思っています。
アカリ |  2007.12.31(月) 20:43 |  URL |  【コメント編集】

♪来年もお付き合い、よろしくお願いします m(- -)m

僕としては、「懲戒請求」ってやつは容易に行われるべきであるとは思います。
請求自体は構わないでしょう、懲戒を判断するのは日弁連だし。
本来なら日弁連などが広報し説明し周知させるべきであるのに、それを誰もしないで、橋下弁護士が言ったからどうこうっていうのはなぁ・・・
光市母子殺害事件の弁護士の人達が、ちゃんと毎回関係者に説明しているのならいいんですが、「何かあった場合、こうすれば私の懲戒請求ができますよ。」って。

もちろん、当時の日本軍と日本国民の状況とは違いますが、昨今の時代の雰囲気を作っている主な原因は報道関係ではないでしょうか?
当時も軍同様に、そんな時代の雰囲気を作っていたのでしょうし・・・軍の強制とは言え、新聞・雑誌なども関与はしてますよね。
ほぼ一方的な情報の流れなので、反論できない縦の力関係と変わらないと思います。
それに報道による、自殺・犯罪の連鎖は存在すると思います。
報道機関がそれに責任を持ってくれるなら、今回のことはとりあえず納得できるんですが。

まあ、基本的には戦争に負けた時点で日本軍の行いは間違いなんでしょう。
勝ってれば、逆に「沖縄大虐殺」として日本軍でなくアメリカ軍を批判してそうな気がします。
KM |  2007.12.31(月) 22:31 |  URL |  【コメント編集】

♪こちらこそよろしくお願いします。

>「懲戒請求」ってやつは容易に行われるべき
先ずは請求制度の周知が必要と思います。
容易に行われても構わないのですが、『不法行為として刑罰を受ける可能性』について知られているとは思えなくて。
私は、「不法行為か否か」まで考慮していたら請求は容易ではなくなるだろう、と考えてしまいますね。
(何だか意味が分かりづらい気がしたので追記します。
請求自体は容易に行われるべき(手続き上の問題・法的な問題として。)とは思うのですが。それが実行に移せるか、という部分では容易ではない(個々人の心理的問題)、という主張です・・・・)

>昨今の時代の雰囲気を作っている主な原因は報道関係
そうですね・・・・確かに。
ただ、当時はその報道関係にも軍の「強制力」があったのでしょうし。

>報道による、自殺・犯罪の連鎖は存在する
それは思います。悲しいことですが。

>基本的には戦争に負けた時点で日本軍の行いは間違いなんでしょう。
勝てば官軍。
私としては嫌いな発想なのですが、それが真理なのでしょうね・・・・。
アカリ |  2007.12.31(月) 23:30 |  URL |  【コメント編集】

♪職責と責任を天秤にかけると……

>沖縄に駐留していたから「原因」ではなく、独善的な軍隊の存在自体が「原因の一つ」になるのかな、と。

 私も、かつてのあの戦争を「回避」する方法がどこかにあったはずだと考えて、いろいろ遡っては歴史の分岐点を調べてみたりしていましたが……
 結局、当時「独善的な強い軍隊」なくしては日本は存続できなかった。それは間違いのない事実だと思います。

・アジアに食指を伸ばしてきたロシアとの「天下分け目」の戦い
・日露戦争で疲弊した国力を回復するための(権利割譲による)大陸進出
・国際発言力を高めるためのシベリア出兵と、軍部の皮算用による暴走
・国内批判(シベリア出兵で得たものがなかった)から目を逸らすためのさらなる大陸進出
・中国の勢力争いに巻き込まれることによる様々な軋轢
・その一勢力に肩入れして作った傀儡国家・満州国が産んださらなる軋轢
・欧米の反日包囲網による中国現地の対日感情悪化と、それによる日本側の対中感情悪化の悪連鎖
・満州事変から小康状態を経て最後まで続いた泥沼の対中外交(戦争含む)

 これらの流れのどこかでブレーキをかけることが日本にできていれば、あるいは対米開戦→絶望的な本土決戦という道筋は避けられたかもしれません。
 しかし、私はそれは「軍隊の暴走がなければ起こらなかった」とは思えないのです。軍隊が強く、積極的であれと望むだけの時代背景が間違いなく当時あり、それを回避する方法は極めて限られていたと思うので。

 むろん、今の視点からすれば「満州国なんて作ってないで中国から手を引けばよかったのに」と容易く言えると思います。
 ただ、それを当時の日本人が(国民のみならず軍人、政治家含めて)発想でき発言できる状況だったのかという問題も、またあるかと。

>軍隊ー民間人、というタテの力関係

 否定はしません。
 このタテの関係があったからこそ、軍人達に「死ぬな」と言われて生き残った人達もいたのですから……
Tamanegi |  2008.01.01(火) 08:00 |  URL |  【コメント編集】

♪>軍人達に「死ぬな」と言われて生き残った人達もいたのですから……

さららさんのブログでも紹介したのですが、昔、毎日新聞に載ったお話。


 遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
 「あそこでみんな死んでいったんだ……」
 沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。

 太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
 老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
 日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。

 やがて戦況は日本に不利となり、
 いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。

 仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
 日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。
 それを聞くなり隊長は激高し叫んだという


 「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
 

 日本人は仲間だと思っていたのに……みせかけだったのか。
 裏切られた想いで、みな悔し涙を流した。

 船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
 村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。

 しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。

 そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
 先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。

 その瞬間、彼は悟ったという。
 あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと……。


パラオ諸島の小さな島・ペリリュー島の民間人を、“圧倒的不利な戦局”に巻き込んではならないと配慮したゆえの作戦だったんでしょうね。

実はこれ後日談がありまして、米軍が後片付けをしていた所、女性の死体が出てきた。
どうやら日本兵を慕ってその場にとどまった、地元慰安婦の方だったようです。。。
Nyarlathotep |  2008.01.02(水) 06:46 |  URL |  【コメント編集】

 ここにコメントされた皆さんに、一つ提案があります。

本当に日本の近代史の負の部分を論じようとされるのなら、歴史を、書籍資料でだけではは無く、その当時の体験者から学ぶ努力を始めて欲しいと思います。

 年齢では7~80歳代の。

 例えば竹槍訓練は、小学生さえ実際にさせられています。

 今学生スポーツに痕跡を残すリンチ体質は、旧日本軍に発します。
 下級兵士は、例外なく気合いを入れられる(リンチ)で、兵営の一日を終わりました。

 政府・公共団体の汚職、不祥事での無責任体質。これは全てを天皇の・・・と自己責任を放棄する軍の行動様式の希釈されたものに他なりません。

 当時(敗戦)の軍民の関係は、一番分かりやすく例えるなら、男女差別、それも現在の公式には否定されるかに見える、それではなく、1970年以前の、本音がそのまま通用していた時代の、無力な存在としての女=民、絶対者としての男=軍、とでも考えれば、分かりやすいかも知れません。

 女性の飲酒・喫煙・が当然視されたのはいつ頃からか?セクハラと言う概念が確立したのは?こうした事を究めてみても良いでしょう。

 旧日本軍に人無し、とは無論断ぜません。が、しかし、現在の自衛隊と、あるいは一応は言論の自由が息づいてはいる、社会状況での常識で図れない時代、それを一次的とは言えない文書資料の比較だけでつかみ取るのは、困難でしょう。

 凶悪事件(殺人)に厳罰を!そうした立場に立つなら、それが国会意志としての、組織された暴力=軍隊によるものでも、厳しく断じるのが論理的帰結でしょう。近代国家としての自立の為のやむない選択・・・
 こうした認識はあり得ない事に成るはずです。

 歴史は、支配者の、国家の消長として存在するものではありません。
 その時代に生きる全ての人々の、辿った道筋の総和こそがそれです。
ゆびとんぼ |  2008.01.02(水) 10:42 |  URL |  【コメント編集】

♪少し疑問を……

>ゆびとんぼ様

 何というか、個人意思と集団意思を超絶的に混同している気がするのは気のせいでしょうか?
 個人の凶悪犯罪と集団(国家、軍隊、カルト等)による組織的異常行動が区別されるのはある意味当たり前だと思うのですが……もちろん、罪として断罪すべき部分も個人と集団(共同体レベルの)とではかなり違うと思います。

>今学生スポーツに痕跡を残すリンチ体質は、旧日本軍に発します。

>政府・公共団体の汚職、不祥事での無責任体質。これは全てを天皇の・・・と自己責任を放棄する軍の行動様式の希釈されたものに他なりません。

>女性の飲酒・喫煙・が当然視されたのはいつ頃からか?セクハラと言う概念が確立したのは?

 上記のご意見には、コメントする気力がまず湧きません……
 せめて中世ヨーロッパの歴史(十字軍~大航海時代あたり)だけでも知識として身に付けられるとよいのではないでしょうか。

 「日本以外の国には、軍隊でのリンチが無かったのですか?」
 「日本以外の国には、汚職や不祥事等での無責任対応は存在しないのですか?」
 「昔の嗜好品の価格がどの程度の生活レベルに属するかご存知ですか?」
 「セクハラの語源とその母語は知ってますか?」

 力を振り絞って疑問を呈してみました。
 無理にお答え頂かなくとも結構ではありますが。

>歴史は、支配者の、国家の消長として存在するものではありません。
>その時代に生きる全ての人々の、辿った道筋の総和こそがそれです。

 これは仰る通りに思います。
 歴史の大きな局面は、決して、特定の支配者層や組織のみにより作られるわけではありません。国土風土、国民意識もまた様々な内外の要因により積み重ねられるのです。
 あの戦争を語る上では、最低でも「日露戦争までに日本国民が受けていた心理的・外交的重圧」まで遡って忖度する必要があろうかと。「あの日本軍」を生み出したものの大半は、あの局面に折り重なっているようですから。
Tamanegi |  2008.01.02(水) 13:56 |  URL |  【コメント編集】

♪うちは両方の祖父母とも居ないからな~

講演会でもないと、なかなか聞く機会がないです。
で、分かる所だけ。

>例えば竹槍訓練は、小学生さえ実際にさせられています。

現代戦でも、戦争になれば実際に戦場に駆り出してる所もありますね。
そうならなかったのは、本土での戦いがなかったという幸運でしょう。

>今学生スポーツに痕跡を残すリンチ体質は、旧日本軍に発します。

これはどうなんでしょう?
相撲などを見ていると、かなり昔から行われていたのでは?
逆に、それを軍が取り入れたと考える方が合ってる気がします。

男女差別についてはよく分かりませんね。
ただ同居していた祖母が、昔は「嫁よりも、竈の灰の方が役に立つ。」と言われていた。と言っていたのを聞いたことがあります。
明治になっても暫くは、女性に選挙権が与えられていなかった所を見ると、結構古いのかも知れません。
特に地方の農家では、女の子が生まれると間引く所も多かったようです。

当時のABCD包囲網を考えると、戦争か衰退か?そう考えたとしても仕方のない所があると思います。
ただ、米国に対してだけは手立てがなかったわけではない。と言われていますね。

まあ、なんだかんだ言っても戦争は悪です。出来る限り回避したい。
でも、多くの犠牲があったからこそ達成できたものもある。
ただそれが、犠牲に見合ったものだとは言えないかも知れません。

最後に、軍=当時の日本を厳しく断じるのは簡単です。
でも、それは当時において、どのようにすれば戦争を回避し、日本を守れたのか?と言う具体的なものを出さないと、当時の人たちに責任を押しつけるだけのものになると思います。
Nyarlathotep |  2008.01.02(水) 13:56 |  URL |  【コメント編集】

♪あ、Tamanegiさんとかぶった・・・・・

私の幼稚な論が目立ってしまう。
恥ずかしいです (;・∀・)

でもせっかく書いたのだから消さない。
Nyarlathotep |  2008.01.02(水) 14:00 |  URL |  【コメント編集】

あの不法行為と認められた判決もどうかと思いますが・・・事件としては、懲戒請求が不当だっていうのは当然と思うのですが。
あれじゃ、権利はあるけど実際にはできないって言ってるようなものです。
他に比べ弁護士って優遇されすぎのような気がするんですよね。

>勝てば官軍。
>私としては嫌いな発想なのですが、それが真理なのでしょうね・・・・。
僕も嫌いです・・・しかし、それが歴史だと思います、理不尽ですが。
まあ、そんな感じで、歴史の教科書なんて受験以外では信用していないので、
個人的には内容よりも、
「教科書ごときに、何を必死になってるんだ?」
って方が強いですね、これらの教科書問題は。
KM |  2008.01.03(木) 03:49 |  URL |  【コメント編集】

♪思考停止しないための自戒、として

>Nyarlathotepさん

 うわ、時分までぴったりかぶってる……(笑)
 こんな事もあるんですね(^^;

 そういえば竹槍訓練~のくだりには(ゆびとんぼ様に対して)コメント返してなかった気が。
 直感的に思い付いたのは、「中東や南米、アフリカ等では子供にすら竹槍どころか銃器持たせて実際に兵隊やらせてるよな」という感じのことでした。追い詰められた共同体が選択する道っていうのは、昔も今も国に関わらず似たり寄ったりなのかもしれませんね。


>KMさん

 直接コメに返信するのはお初かもしれません。よろしくです(^^;

>「教科書ごときに、何を必死になってるんだ?」

 私としては、その「教科書ごとき」に20代半ばまでずっと「洗脳」されサヨクがかっていた時期があるので、割と他人事ではいられないんですよね。
 昔の自分を思うと、本当に赤面ものというか何というか……

 もちろん、なるべく反動がからない(過剰な過去美化に陥らない)ようには心掛けているつもりですけれども。
 日本人自身が(日本の外から見た)日本の歴史をろくに知らないゆえに、いろいろと恥をかくシーン(※)が多いのは、やっぱり学校・家庭での歴史教育にも原因の一端があろうかとは思います。
 (※よく聞く「旅行先で戦前の日本関連エピソードについて聞かれ答えられず「自分の国のことなのに知らないのか?」と呆れられた」系の体験談は、自分自身でも身につまされます)
Tamanegi |  2008.01.03(木) 09:31 |  URL |  【コメント編集】

 Tamanegi さんNyarlathotepさんKMさん、と一括して何か書くのは、やや困難なのですが、ほぼ共通して持たれていらっしゃるように感じる、日本の近代が始まって即、現在と変わらぬ社会構造が成立したように考えられているように理解されている点(そのように読み取りましたが)、それは実体とは大きく異なるかと思います。
 1960年代までの農山漁村の多くは経済主体としてほぼ閉じており、その外に国家の枠があった。これが日本の近代の社会でしょう。

 例えば、徴兵されることを、本音で名誉の出征などとは誰も考えはしなかったのです。引っ張られた、持って行かれた。これが普通です。
 いまと国家のありようとは全く異なるのが、旧憲法下の日本です。

 また、今歴史問題として問われているのは、先ず日本のありようがどうであったか?それに尽きます。周辺諸国が、或いは世界的にどうであったか?そう考えては、主体を見失いかねないのではと考えます。
ゆびとんぼ |  2008.01.03(木) 16:49 |  URL |  【コメント編集】

♪戦争には相手があります。

相手のことも同時に見ていかないと、見えてこないことも多いのではないですか?
たとえば、「なぜ日本が国際連盟を脱退したか?」とか、「なぜアメリカがハル・ノートを提示するに至ったか?」とか・・・

あと、お隣の韓国では今でも徴兵制が生きています。
そこら辺も参考になるのでは?
Nyarlathotep |  2008.01.03(木) 17:19 |  URL |  【コメント編集】

こちらでは、今年のコメント書き込みははじめまして、ですね。
明けましておめでとうございます。

ゆびとんぼさん、此処へのコメントありがとうございます。「歴史認識を文献研究だけではなく、体験者の声をも参考にすべき」とのご意見、ありがとうございます。主観に片寄る事の危険性もありますが、文献に片寄る事も又危険と思いますので、ご提言ありがたく思います。
それを受けてのTamanegiさん、Nyarlathotepさんのご意見もありがたいと思います。

で、歴史認識については私は学習不足なので皆様の話を基に学習させて頂きます・・・・。


KMさんが気にされている、そしてTamanegiさんもコメントされている、教科書問題についてだけコメントに来ました。
私、本文中では教科書「を」教えるのではなく教科書「で」教えるもの、とは書いていますが・・・・所謂受験の影響でか、近現代史にあまり時間を割かれない傾向にはあるのですね。
その点をまず危惧している、という前提の上で言葉を重ねます。
学習時間が短い、そして受験であまり必要とされないからか、教科書「を」教える事は充分考えうる訳です、悲しいですが。
だから、教科書に載る内容、というものにも注目すべきでは、という認識でいます。

レベルの低い書き込み、恥ずかしいですね‥‥。お邪魔しました。
アカリ |  2008.01.03(木) 23:02 |  URL |  【コメント編集】

>Tamanegiさん
こちらこそ、どうもよろしくです。
コメント拝見させてもらっていますが、書き方が上手ですごいなぁと尊敬しております。
Tamanegiさんは特に必死になってるとは思えませんが・・・

僕の場合、学校の教諭、いや塾の先生だっけ?
理科か社会か忘れましたが、いつか新しい発見がされるので、今の教科書に書かれていることが真実とは限らない、と言われました。
それが教科書を信じない・・・いや、妄信まではしない理由、ですね。

あとは、正直あまり歴史には興味ないからかもしれません。
>「自分の国のことなのに知らないのか?」
ってのは、おそらく自分にも当てはまり、耳が痛いお言葉です。

そして、僕が中学生くらいから、既にネット利用ができる時代でした。
様々な情報を得れる今の子供達は、更に教科書という情報媒体の占有率が減ってるだろうし、教科書妄信するって子供は少ないんじゃないかな、と思います。
まあ、妄信する人がいてもいいとは思ってますけどね、それも個性だし。

>ゆびとんぼさん
僕のコメントはアカリさんに対してのものなので、TamanegiさんやNyarlathotepさんと同じように扱わなくていいですよ。
僕はいいので、お二人を優先なさってくださいませ。
KM |  2008.01.03(木) 23:15 |  URL |  【コメント編集】

>アカリさん
もちろん、教科書に載せる内容は大切だと思います。
ただ、今回の場合、「集団自決があった」という事実で十分だと思います。
理由なんて、亡くなった人に一人一人聞けるわけでもなく。
体験者の声も、あくまでその人の主観なので、他の人はどうだったなんて分かるわけがないですし。
そんな分かるはずもない理由に固執することが、「なんでそんなに必死なの?」と思ったのです。
もちろん「何故集団自決したの?」と思う生徒がいるかもしれませんが、
それを自分で調べさせ納得する答えを出させるのが教育だと思います。
KM |  2008.01.03(木) 23:35 |  URL |  【コメント編集】

♪まるで「教科書のような」社会イメージ……

>ゆびとんぼ様

 申し訳ないのですが、ゆびとんぼ様の仰るところの「日本の近代の社会」もまた、やたらめったら類型的かつ固定イメージに囚われ過ぎているのではないかと思います。
 少なくとも当時、日本の総人口の15~20%は普通選挙に投票していましたし(当時の投票率より。女性に参政権がなかったので事実上は3~40%の参加率)、農漁村部においても相当の僻地を除いては行政が行き渡っていました(当時の戸籍制度より)。

>日本の近代が始まって即、現在と変わらぬ社会構造が成立したように考えられているように理解されている

 そんな考えはこの場のどなたも持たれていないと思いますが……
 少なくとも私は「近代日本の社会構造は江戸後期からゆっくりと時間を掛けて近代化に適応していった」と思っています。あと、「お国のため」意識は天皇云々よりもむしろ日本特有の「お上(=お偉い様)意識」から派生して来たものだと思います。

>周辺諸国が、或いは世界的にどうであったか?そう考えては、主体を見失いかねないのではと考えます。

 「世界の中の日本」という視点がなければ、決して理解できないものもあります。
 例えば徳川幕府が開国→大政奉還→明治政府へと移行していった中で、ペリーの黒船を始めとする欧米列強諸国の「外圧」を無視したら絶対にその流れや明治政府成立のありようを理解できません。過去の戦争への道筋も、(戦争は相手があるだけになおのこと)それと同じではないかと。
 「先ず日本のありようがどうであったか?」だけに囚われていては、それこそ物事の主体を見失い、すべてを過去の日本の罪として押し付ける姿勢に安易に流れてしまうのではないか、そう危惧します。


>KMさん

 尊敬されるほどの見識にはまだまだ至らない身で、何とも恐縮です(^^;

 昨今は子供に思想を押し付ける教師も少なくないらしいですが、よい先生に恵まれたという感じでしょうかね?
 私も歴史の授業そのものでは思想の押しつけを受けた覚えはないので、そこだけはまだしもですが……それでも「南京30万」とかは頭から信じ込んでいましたから。
 私は割と歴史物好き(「信長の野望」とか「三国志」とか)だったので、その辺の敷居は少し低かったかもしれません(笑)

 今はネットが発達して情報の仕入先は圧倒的に増えましたが、やはり「情報入手」という意味では必ず触れることになる教科書、そしてTV等の一方向メディアの役割が圧倒的に大きいと思います。ネットは自ら使おうとしない限り、自分の都合のいい情報ばかり拾うようにもなりがちですしね。自戒も込めて……
Tamanegi |  2008.01.04(金) 00:21 |  URL |  【コメント編集】

なんか、ゆびとんぼさんをみんなが寄ってたかって槍で突き刺しているようでちょっと気の毒かなと思いました。いや、おいらも槍で突き刺す側なんですが。

>本当に日本の近代史の負の部分を論じようとされるのなら、歴史を、書籍資料でだけではは無く、その当時の体験者から学ぶ努力を始めて欲しいと思います。

歴史学の否定です。これではその当時の人がすべて死に絶えてしまえば、我々は過去の実像を決して追えない事になります。体験者の証言も大事ですが、書籍や資料による証拠も大事です。相互参照しながら探求を続けるのが歴史学です。決して体験者の証言を疎かにしているわけではありません。

いま、「自虐史観」とかいわれて左派的史観がバカにされているのは、証言のみが屹立していて、証拠でフォローアップできない例があまりにも多く、「嘘ついてるんじゃねえの」と考えないと整合性がつかないからです。証人は嘘をつきますが、書類は嘘をつきません。

# もちろん、書類の内容は嘘かもしれませんが、その書類が作成されたということは事実という意味。

以下、具体的事象についてはTamanegi さんやNyarlathotepにお任せして。

>凶悪事件(殺人)に厳罰を!そうした立場に立つなら、それが国会意志としての、組織された暴力=軍隊によるものでも、厳しく断じるのが論理的帰結でしょう。近代国家としての自立の為のやむない選択・・・
>こうした認識はあり得ない事に成るはずです。

極東国際軍事裁判では日本軍の戦争犯罪に対して25被告に有罪が宣告され、各地で行われたBC級裁判でも多くの戦争犯罪者が有罪の宣告を受けました。

軍隊によるものでも曲がりなりにも裁判が行われ、そこで判明した事象について犯罪行為ならば罰則を課し、そして日本はその判決をサンフランシスコ講和条約で受け入れています。
そして、その流れは旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷、ルワンダ国際戦犯法廷に引き継がれ、国際刑事裁判所ローマ規程としてまとめられました。

しかしながら、戦勝国の戦争犯罪を裁くことが出来ずにいることが問題かもしれませんが、昨今のイラク帰りの米兵に対する裁判を見ていますと、それも変わりつつあるようです。

さて、ゆびとんぼさんは何が不満なのでしょうか?
私にはよく分かりません。

>歴史は、支配者の、国家の消長として存在するものではありません。
>その時代に生きる全ての人々の、辿った道筋の総和こそがそれです。

いえ、それは民俗史と呼ばれる歴史学の一分野に過ぎないでしょう。それとは別に事象を積み重ねた歴史が存在し、どちらがどちらかに優越するものではありません。

>1960年代までの農山漁村の多くは経済主体としてほぼ閉じており、その外に国家の枠があった。これが日本の近代の社会でしょう。

いえ、江戸時代中期よりすでに日本国内では全国的な流通網が成立していました。その枠の中で各所領地の範囲を超えた「日本」という国家意識が成立したのが実像でしょう。
さらに明治維新以降は下層から上層への人材移動も(またその逆も)どうにか成立し、社会の各層に新しい人々が活躍するようになりました。それらもまた、江戸期からの初等教育の充実無しに語れないでしょう。

つまりまあ、ゆびとんぼのおっしゃる日本というのは「悪い、それどこの日本?」

ですので、以下の文の内容はおおむね賛成できるのですが、それ以前のあなたの認識があまりにも××(ひどい侮蔑語)なので、それ以前の話だよなあとか思ってしまうのです。

>また、今歴史問題として問われているのは、先ず日本のありようがどうであったか?それに尽きます。周辺諸国が、或いは世界的にどうであったか?そう考えては、主体を見失いかねないのではと考えます。

分かりやすく言うと、
「(自主規制)」
miracleさん |  2008.01.04(金) 13:06 |  URL |  【コメント編集】

♪KMさんへ。

う~ん。
正直、
>今回の場合、「集団自決があった」という事実で十分だと思います。
とするのも、分かるんですよね。
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-747.htmlに書きました通り、そもそも『文部科学省の検定意見により、「日本軍の強制」の記述を削除した』事が発端だったわけですから・・・・理由にまで踏み込んでしまった、その事自体を疑問視してしまえば、まあ、そうなのです。

>それを自分で調べさせ納得する答えを出させるのが教育だと思います。
これ自体はその通りと思います。
では、どうやって「疑問」を持たせるか?という意味でいけば、学校という「義務教育」の場で使われている(使用するよう定められている)「教科書」の存在は大きいと思っています。

まあ、それからの「情報収集」として、偏った情報に拘泥したくないとはおもいます。
アカリ |  2008.01.19(土) 12:45 |  URL |  【コメント編集】

♪皆様へ。

miracleさん さんのおっしゃる
>体験者の証言も大事ですが、書籍や資料による証拠も大事です。相互参照しながら探求を続けるのが歴史学です。
については、皆様同じとは思います。
ただ、今までのコメントを拝読している限り、「書籍や資料」を重宝しているコメントが続いた感があって、それでゆびとんぼさんが「いや、証言にも眼を向けては?」という提言だった、私はそういう認識です。

そして。
「日本のありようがどうであったか?」
「周辺諸国が、或いは世界的にどうであったか?」
双方を見ていくことが大事とは思います。
ただ、その上で、先ず「日本はどうであったか?」というのが問題視されている気がするのですよね。
上の『証言・書籍や資料』にも言えるのですが、片方を軽視しているという意味ではないのです。
学習させて頂きます。
アカリ |  2008.01.19(土) 13:01 |  URL |  【コメント編集】

♪ちょっとだけ補足

>アカリさん

>今までのコメントを拝読している限り、「書籍や資料」を重宝している
>コメントが続いた感があって、それでゆびとんぼさんが
>「いや、証言にも眼を向けては?」という提言だった

 うーん。
 いわゆる先の戦争関連の歴史問題は、そのほとんどが「日本はもっと反省しろ派」の「まず証言、何より証言、証言に合う史料を重視」なやり方に対して、最近になって「日本は充分に責任を償っているぞ派」から「証言と史料とをより好みせずしっかり突き合わせるべきだ」「比較の結果、整合性の見られない史料や証言は疑うべき」という話になってきているという流れのはずです。
 「今までのコメント」が「史料重視」に感じられるのはそのためで、別に歴史問題に対する多数派のスタンスが最初から「証言より史料」だったわけではないです。むしろ逆(さんざん証言ばかりが重んじられてきた、ただしなぜか日本の立場を擁護するものは例外)だったですし。

 なので「いや、証言にも眼を向けては?」と振られても「その結果が現在の体たらくでしょ」という流れに(この場では)なっちゃったんではないかなと。
 もちろん「証言に謙虚に耳を傾ける」のは大事です。聴かなければ検証さえできませんから。
Tamanegi |  2008.01.26(土) 08:18 |  URL |  【コメント編集】

♪ありがとうございます。

Tamanegiさんへ。

先の戦争関連の歴史問題。不勉強にて、そういう流れだったとは知りませんでした。失礼しました。

>もちろん「証言に謙虚に耳を傾ける」のは大事です。聴かなければ検証さえできませんから。
そうですね。
アカリ |  2008.01.26(土) 17:34 |  URL |  【コメント編集】

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