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2008.04.23 (Wed)

何の為に批判するか?

お玉さんから頂いたトラバ、「誠実さのお話」 を拝見しながら、思うことをつらつら書いてみる。

私はこの記事読んで、嬉しかった。
同時に、少し引っかかるものがあった。
その、「嬉しかったこと」「引っかかったこと」について、書いてみようと思う。

絶対に譲れないものそして、守りたいものさえぶれなければ、

たとえ酷い評価をする人がいたとしても、他の誰かに信じてもらえると、お玉は思う。



素敵な言葉だと思った。
同時に、「絶対に譲れないもの・守りたいもの」がぶれているのかもしれないなあ、と考えてみる、いいきっかけになった。

私は何がしたいんだろうか?
何を守りたいんだろうか?

同時に、今各所で為されている批判記事を見ていて感じた違和感の正体も、はっきりしてきた。


そして、引っかかったこと。
私は、あくまで当事者同士が向かい合おうとしないと、議論にはならないし、拗れた事態の解決にもならないと、そう思っている。
(注記:「向かい合う」とは、別に議論を強要しているわけではない。なんだか、此処を誤解されている感があるんだよね。
私の言う「向かい合う」とは、相手のコメントの内容をもう少し吟味してみませんか?ということ。)

参考:「円満解決」への思考 1

「酷い評価をする人」がいても、「他の誰か」に信じてもらえたとしても、それはそれでいいのだ。(哀しいとか、嬉しいとか、そういう感情はあるのだが、それは此処では問題にしない)
「言葉を届けたい人」に言葉が届き、考えるきっかけにしてもらえれば、という気持ちでいる。

じゃあ、「届けたい人にどうやって届けるのか?」という所で行き詰まり感を感じていた。

~~~~~~
今、気になっていること。
批判記事を見ていて感じた違和感。
「届けたい人にどうやって届けるのか?」という所。

批判・非難が何を目指すものとして為されるべきを考えるべきである。
ただ、批判の為の批判、否定の為の批判では意味がない。

【More・・・】

今為されている論が。
批判の為の批判になっていないか?
否定の為の批判になっていないか?
そこが懐疑的である。
(中には、批判という名の下の単なる「自己主張」であったり、「自分の考えの押しつけ」であったりするものもある。だからこういう書き方をするんだけど・・・・目的のない批判は、単なる自己満足だと思う。)


批判も、非難も、その人に行動を振り返って貰うという意図で為されるのであれば、意味があることと思う。
そして、「その人に行動を振り返ってもらう」という目的の為には、ただ自己主張するのではなく、自分の考えを相手に押し付けるのでなく、相手の言い分も聞いて考えてみる必要があるのではないかと思う。
自分の説明不足を棚に上げて、「理解できない相手が悪い」というのは、どう考えても片手落ちだ。

説明することは、案外難しいものだ。
自己主張が自分の論のみを気にしていればいいのに対して、説明は相手がどう受け取っているかを考慮しなくてはならない。
事実を提示して説明、というのが一番分かりやすいとは思うけれど、その「事実認識」すらずれている場合がある。
だからこそ「どういう理由で、自分はこの場所を提示し、こういう事実を「認識」した」という説明の言葉を紡ぐ必要が生じると思う。

~~~~~
関連リンク:解決への「模索」


~~~~~
追記。
無宗ださんの所の「脅迫行為」発言に関して (2)の記事にトラバしたんだけど、上手くいっていないみたいです。
またしてみます。
EDIT  |  16:48  |  ブログ雑感 1  |  TB(2)  |  CM(40)  |  Top↑

Comment

♪参考までに教えてください

>批判の為の批判になっていないか?
>否定の為の批判になっていないか?

これはどの部分をみてそのように感じるのですか?
ある批判の手法について、それでは相手に伝わらないだろうと考えたとき、「批判の為の批判」だと評価するのは間違いですよね。

つまり、否定的な意見にはまったく耳を傾けない人に対して否定的な内容を含む批判をしたら「批判の為の批判」になってしまう、なんてことはありません。

自分の行為が何らかの悪影響を及ぼしているとの指摘になんらまともな反論を返さないことが問題なのであって、その指摘にあたる「批判」を「批判の為の批判」などというのは不当だと思いますが、その辺はいかがお考えですか?

>批判も、非難も、その人に行動を振り返って貰うという意図で為されるのであれば・・・・・

これ以降の内容が中畑さんに向けられたものであるなら納得しますが、それ以外にこの批判が向けられた人物がいるのなら教えていただきたいです。
stachyose |  2008.04.24(木) 02:50 |  URL |  【コメント編集】

♪説明が足りないのは、中畑さん

中畑さんの行動は、多くの人にとって理解しがたいものだと思います。 だとすれば、一番説明をするべきなのは中畑さん自身ではないでしょうか。
「相手と同じことをしているだけ」 という理由は伺いましたが、それだけで 「彼の行動は正当だ」 と考える人は多くないでしょう。
一方で、彼の行動を批判する意見は多く出されています。 理由をあげて、きちんと説明されているもの、たくさんありますよね。 また、上に書いた彼の理由付けに対する反論も多く出されています。
ですから、中畑さんには追加説明なり、反論なりをしてほしいと思います。
omori |  2008.04.24(木) 04:17 |  URL |  【コメント編集】

♪それは違うんじゃないかな?

omoriさん。
最初に口汚く揶揄してくれた事、忘れてないですよ。
なんで今さら何の関係もない私を批判できるんです?

批判を批判するなら、批判の内容を吟味して欲しいですがねぇ。


中畑 |  2008.04.24(木) 11:12 |  URL |  【コメント編集】

♪stachyose さんへ。

すみませんが。
この記事の主題は、『批判・非難が何を目指すものとして為されるべきを考えるべきである。』です。
何を目指しているのかが見えにくいから、『批判の為の批判になっていないか?否定の為の批判になっていないか?』という疑問があります、と言っております。

ですから、
>ある批判の手法について、それでは相手に伝わらないだろうと考えたとき、「批判の為の批判」だと評価する

という訳でも、

>否定的な意見にはまったく耳を傾けない人に対して否定的な内容を含む批判をしたら「批判の為の批判」になってしまう

としているわけでもありません。

>自分の行為が何らかの悪影響を及ぼしているとの指摘になんらまともな反論を返さないことが問題

「なんらまともな反論を返さない」・・・・どういえばいいんでしょうか・・・・
反論は、ありますよね。
それをstachyose さんは「まともな反論」と見ていない、だから問題視している、ということで、いいですか?

>これ以降の内容が中畑さんに向けられたものであるなら納得しますが、それ以外にこの批判が向けられた人物がいるのなら教えていただきたいです。

私は中畑さんに対しても、「中畑さんを批判する方々」についても、同じ意味のことを思っています。


アカリ |  2008.04.24(木) 23:21 |  URL |  【コメント編集】

♪omori さんへ。

>説明が足りないのは、中畑さん

とのことですが・・・・説明をしていても「理解」しようとしているか、という視点もありますよ。

そして、理解できないからといって「まともな反論ではない」と断じてしまうことにも問題はあると思います。
アカリ |  2008.04.24(木) 23:37 |  URL |  【コメント編集】

♪アカリさん

それは無茶ではないですか?
何を目指しているのか、アカリさんからは見えにくい。
すると、その批判者は批判のために批判をしていると評価されてしまうのですか?そして意味のない批判だと仰る。なんか失礼な気がするんですが。

意味のない批判だというのなら、どの辺がそう感じさせる部分なのか、具体的に言わないといけないのだと思います。
批判という行為がそもそも相手に伝えようとする作業ですよね。批判している人は、もちろん相手に伝えることを目標としていると思いますよ。

そして、批判を受けている側の問題として、まともな反論を返さないパターンも実際多くあります。そういったことを勘案せずに、「批判のための批判ではないか?」と問題提起することに違和感をもちます。

結局、批判のための批判を展開している人が誰なのか私には全く分からない。
stachyose |  2008.04.24(木) 23:44 |  URL |  【コメント編集】

♪それは飛躍していませんか?

stachyoseさんへ。

>何を目指しているのか、アカリさんからは見えにくい。
>すると、その批判者は批判のために批判をしていると評価されてしまうのですか?そして意味のない批判だと仰る。なんか失礼な気がするんですが。

「私に」見えにくい=何を目指しているのかという疑問がある、そう言っているつもりです。

>、『批判の為の批判になっていないか?否定の為の批判になっていないか?』という疑問があります

「評価」では、ないんですよ。
「疑問」なのです。
実際、何を目指しているのかはご本人に直接聞くのが一番だと思います。
その上で、「評価」になると思います。

そして。

>批判のための批判を展開している人
私自身にも起こり得るから、エントリーにしているんです。
目的を見失わないように気をつけていきたいから。

~~~~~~
じゃあ、stachyose さんにあらためてお聞きしますね。
>批判している人は、もちろん相手に伝えることを目標としていると思いますよ。

stachyose さんは中畑さんに「何を」伝えているのですか?
批判することによって、何を目指しているのですか?
アカリ |  2008.04.25(金) 05:32 |  URL |  【コメント編集】

♪アカリさんへ

> 説明をしていても「理解」しようとしているか、という視点もありますよ。
中畑さんの行動が、相手方の理解を妨げているという面もあるでしょうね。

> 理解できないからといって「まともな反論ではない」と断じてしまうことにも問題はある
「断じる」 というより、「わかるように説明してください」 とお願いしてるんです。
omori |  2008.04.25(金) 06:27 |  URL |  【コメント編集】

♪アカリさん

「評価」でも「疑問」でも私の文意は変わらないので、どっちでもいいです。
何を目指しているかが見えないと、批判のための批判をしているのではないかと疑いをかける(疑問に思う)のもどうかと思います。

批判に対する評価とは、その内容が伝わったときに何が期待されるかという視点で為されるのではありませんか?そんなものを伝えたって意味がないという内容を含む批判なら、批判のための批判といえるかもしれませんね。


>stachyose さんは中畑さんに「何を」伝えているのですか?
>批判することによって、何を目指しているのですか?

「何を」はそれぞれの批判を読んでくれとしかいいようがありません。
批判することによって、そこに含まれる内容を相手に伝えることを目的としていますよ。そして相手に伝わって行動が改められることを期待しています。
stachyose |  2008.04.25(金) 09:18 |  URL |  【コメント編集】

♪stachyoseさんに便乗

> そして相手に伝わって行動が改められることを期待しています。
中畑さんの 「行動が改められること」 が、解決の条件だとボクは思います。
omori |  2008.04.25(金) 10:16 |  URL |  【コメント編集】

♪omoriさんが

私が納得するまで、当事者達に議論をさせると確実かつ完全に担保していただけるなら解決の条件をのみますよ。

とりあえずはomoriさんに実力があるかどうか見たいのでSWさんにコピペをやめさせて、私の最初の質問に答えさせ、以降の議論を最後まで行わせると確約してください。

これができたら私は得心しましょう。

まさか私だけに引き下がれとは言いますまい?
中畑 |  2008.04.25(金) 15:18 |  URL |  【コメント編集】

♪言葉足らずでした。

それが 「前提」 条件ではないか、とボクは言いたかったわけです。
それが満たされることで、解決に向かうんじゃないかと。
もしくは、議論が可能になるんじゃないかと。
「議論をさせる」 というと 「無理やり」 というふうに聞こえますが、そもそもそんなふうに議論ができるとは思えませんし。
omori |  2008.04.25(金) 17:24 |  URL |  【コメント編集】

♪なぜです?

およそ最初にまともに応答せず削除やコピペ、罵倒やスクラムをやり始めるのは当事者たる管理人の方々ですよ?

そんな人間の人間性をomoriさんは一体、何を根拠に信じろと言うのですか?
中畑 |  2008.04.25(金) 21:32 |  URL |  【コメント編集】

♪根拠なんかありませんが・・・

中畑さんが相手を信じられなければ相手を議論に向かわせることはできないでしょうし、
ましてや相手が中畑さんを信じていなければ議論に応じないんじゃないでしょうか。
中畑さんのやり方には、議論に発展する可能性がほとんどないと思います。
omori |  2008.04.26(土) 01:53 |  URL |  【コメント編集】

♪伝えたいことがあるなら

stachyose さん宛の言葉を考えていましたが、中畑 さん宛にもomori さん宛にもいえると思うので、纏めて書いてみます。

私は「批判」には2種類あると思うのです。
相手に届ける必要がない批判。
相手に届ける必要がある批判。

そして。
stachyose さんやomoriさんが批判することによって、そこに含まれる内容を相手に伝え、相手の行動が改められることを期待するのなら。
中畑さんが批判することによって、そこに含まれる内容を相手に伝え、相手の行動が改められるのを期待するのなら。

それは、「相手に届ける必要がある批判」ということ、ですよね。

では、相手に届かないと意味がないのではないでしょうか。
自分の論で相手がすぐに納得できるのなら別に問題としません。
納得できない相手がいるとき、どうして納得できないかを考えてみては如何でしょうか。
要素は、相手にのみあるということではなく、自分の側にもあるから、届くように工夫してみてはどうか?というのが一つと。
相手の側に届かない要素があるというのなら、それを越えてどのように届ければいいのかを考えるために、先ず相手の側にたって考えてみればどうか?というのがあるのです。

例えば、繰り返しコメントを「悪」だ、と批判します。
で、「繰り返しコメントは悪だ」というだけでは、私は「批判のための批判」だと思うのです。
「繰り返しコメントをやめてほしい」というのが相手に届くようにする必要があります。その際、相手が繰り返しコメントをやめたくなるように話を持っていく必要があるのではないか、ということです。

どうすればいいのかについては、まだ考えている最中です。
今の段階では、具体的には私は結果を出していません。
それ故の批判はお受けします。
アカリ |  2008.04.26(土) 14:12 |  URL |  【コメント編集】

♪アカリさん

アカリさんは、伝えても仕方がない内容だから「批判の為の批判」といっているのではなく、伝え方に工夫が足りないことをもって「批判の為の批判」といっているように見えますよ。

私は最初のコメントで下のようにいっております。

>ある批判の手法について、それでは相手に伝わらないだろうと考えたとき、「批判の為の批判」だと評価するのは間違いですよね。


さらに

>そして、批判を受けている側の問題として、まともな反論を返さないパターンも実際多くあります。そういったことを勘案せずに、「批判のための批判ではないか?」と問題提起することに違和感をもちます。

ともいいました。

アカリさんは、まともな反論を返していると思いますか。そう思っていないと、批判者に工夫が足りない事をもって「批判の為の批判」とすることはできないと思います。


もちろん、相手に伝わるような工夫、なぜ納得してもらえないのかを考える必要はあります。だからといって、必要のないところで「経緯」や「理由」、「発端」を持ち出すべきではありません。アカリさんは、むしろこれらを考慮する事が解決につながるとお考えのようですが、私は行為を非難する段階でそういった話をすることによってむしろ失うものが大きい、そして歪んだ解決を導くだろうと考えています。
stachyose |  2008.04.26(土) 14:47 |  URL |  【コメント編集】

♪ちゃんと会話してるよ。

中畑さんとボクは、少なくともここでは 「批判のための批判」 なんてしていませんよ。
お互いに、相手に理解してもらおうと、伝えようと努力していますよ。
相手の言ってることをよく聞いて、はぐらかすこともなく、真面目に答えていますよ。
(アカリさん、ちゃんと読んでるのかな? ・・・ なぁんて思ったりして)
omori |  2008.04.26(土) 14:54 |  URL |  【コメント編集】

♪なら、簡単です

>根拠なんかありませんが

では、omoriさんの個人的な主観ですね。どうしようもありません。

>中畑さんが相手を信じられなければ相手を議論に向かわせることはできないでしょうし

私は当事者諸氏が「私の誠意を必ず裏切る」と確信しています。
つまり信じているのです。
事実幾人もの当事者が私の誠意を裏切りました。
件の一言で「妥協しよう」という提案も蹴られました。

当事者の方が態度を変えるべきでしょう。そしてそれには時間がかかるかも知れません。
だから続けるのです。
中畑 |  2008.04.26(土) 15:13 |  URL |  【コメント編集】

♪「裏切る」もなにも

ボクが 「根拠なんかありませんが」 と書いたのは、その直前の中畑さんのコメントの中の 「何を根拠に信じろと言うのですか?」 に応えたつもりでした。 ですから、「omoriさんの個人的な主観ですね。」 というのは中畑さんの誤解かと思います。 誤解を招いたボクもいけないんですが。

> 私は当事者諸氏が「私の誠意を必ず裏切る」と確信しています。
「裏切る」 もなにも、相手には 「誠意」 とは映っていないんじゃないでしょうか。
「確信している」 というのは、そのことを中畑さん自身が了解しているということではないですか。
omori |  2008.04.27(日) 03:56 |  URL |  【コメント編集】

♪stachyose さんへ。

>アカリさんは、伝えても仕方がない内容だから「批判の為の批判」といっているのではなく、伝え方に工夫が足りないことをもって「批判の為の批判」といっているように見えますよ。

「批判のための批判」には2つの意味があると思っています。
1)伝えても仕方ない内容のもの(=相手に届ける必要がない批判。)
2)伝えることによって何をしようとしているか、その目的が曖昧なもの

で、stachyose さんとの間では2)を問題として話している積もりで・・・・その「目的が曖昧ではないか」という理由として「伝え方に工夫が足りないのではないか」と話していた積もりでした。
stachyose さんと中畑さんとの会話においては、
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-910.html#comment2526からの一連の会話がよく分からなかったのです。
だから、
『stachyose さんは中畑さんに「何を」伝えているのですか?
批判することによって、何を目指しているのですか?』
と書きました。

あと。
私は言葉が届かない要素として、2008.04.26(土) 14:12 のコメントでは2つ挙げています。
自分の側に理由のあるものと、相手の側に理由があるもの。
>アカリさんは、まともな反論を返していると思いますか。
これは、「相手の側に理由がある」ことを前提とした言葉ですよね。

ごめんなさい、確認ですが。
>アカリさんは、まともな反論を返していると思いますか。
これは、私がstachyose さんとの会話でまともな反論を返していると思うか、ということですか?
中畑さんがstachyose さんとの会話でまともな反論を返していると思うか、ということですか?

>アカリさんは、むしろこれらを考慮する事が解決につながるとお考えのようですが、私は行為を非難する段階でそういった話をすることによってむしろ失うものが大きい、そして歪んだ解決を導くだろうと考えています。

http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-910.html#comment2640に書かれている、
『>解決しようとするのなら行為の理由や経緯を鑑みる事が必要と思います。

この部分には同意しますよ。不可解ですか?
私はある行為について「悪い行為だから止めるべき」ということを伝える場面で理由や経緯などの話をする必要はないということはいいましたが、円満解決を目指すにあたっては理由や経緯についての考察は不可欠だと考えていますよ。』

という主張を、私がまだ理解できていないから、此処の部分もよく理解できていません。

私:批判(このときに理由や経緯について考察)→解決
stachyose さん:批判→理由や経緯についての考察→解決

ただ、この違いが方法論の違い、というので終わっていいのか、それともstachyose さんが言われるように、「解決」自体が歪むものなのかがよく理解できません・・・・考えさせてください。
(私の考えだと、どのように「歪んだ解決」となるのか、お考えを聞かせていただけるとありがたいです。)
アカリ |  2008.04.27(日) 05:46 |  URL |  【コメント編集】

♪omori さんへ。

>> 説明をしていても「理解」しようとしているか、という視点もありますよ。
>中畑さんの行動が、相手方の理解を妨げているという面もあるでしょうね。

私は、両方の視点がある、そう言っているつもりです。
ただ、omori さんの記事を拝見する限りでは、『中畑さんの行動が、相手方の理解を妨げている』ことのみを書かれていると思ったので、別の視点もあることを書きました。

>中畑さんとボクは、少なくともここでは 「批判のための批判」 なんてしていませんよ。

少なくとも、此処の記事のコメント欄では、そうかなとは思います。

omori さんの、私宛の批判については、http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-933.html#comment2715にてお返事させて頂きました。
アカリ |  2008.04.27(日) 06:01 |  URL |  【コメント編集】

♪stachyose さんへ、追記です。

>結局、批判のための批判を展開している人が誰なのか私には全く分からない。(stachyose | 2008.04.24(木) 23:44 )
に応えなくて、すみませんでした。
無宗ださんの
●「脅迫行為」発言に関して
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/53048005.html
及び、
●「脅迫行為」発言に関して (2)
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/53080365.html
でした。
本文最後に無宗ださんの記事(「脅迫行為」発言に関して (2)) を挙げ、「トラバしたい」旨書いていたから推測可能かなあと・・・・。

すみませんでした。
アカリ |  2008.04.27(日) 22:29 |  URL |  【コメント編集】

♪アカリさん

>その「目的が曖昧ではないか」という理由として「伝え方に工夫が足りないのではないか」と話していた積もりでした。

「伝え方に工夫が足りないのではないか」と感じるから「目的が曖昧だ」として、「批判の為の批判」というわけですね?

2008.04.24(木) 23:21のコメントで

>>ある批判の手法について、それでは相手に伝わらないだろうと考えたとき、「批判の為の批判」だと評価する
>という訳でも(中略)ありません。

と仰っていたことと整合性がとれず、混乱しています。


>stachyose さんと中畑さんとの会話においては、
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-910.html#comment2526からの一連の会話がよく分からなかったのです。
>だから、
>『stachyose さんは中畑さんに「何を」伝えているのですか?
>批判することによって、何を目指しているのですか?』
>と書きました。

これは以前にも申し上げましたように、批判の内容を相手に伝えて行動の改善を期待しています。「よく分からない」について、具体的にどの部分を指しているのか説明いただけると助かります。

>>アカリさんは、まともな反論を返していると思いますか。
>これは、「相手の側に理由がある」ことを前提とした言葉ですよね。

そうです。

>これは、私がstachyose さんとの会話でまともな反論を返していると思うか、ということですか?
>中畑さんがstachyose さんとの会話でまともな反論を返していると思うか、ということですか?

後者です。中畑さんの相手が私とは限りませんが。

>という主張を、私がまだ理解できていないから、此処の部分もよく理解できていません。

私のところで「勘違い」というエントリに書きましたが、「経緯」や「理由」についての考察が解決に必要だと考えていることについての説明は以下のとおりです。

「円満解決」のためのステップのその(2)「過去の清算を行う」においては、それぞれの当事者が自分の行為の結果がマイナス評価を受けていることを自覚して、その責任の範囲を確定させる作業に入っているところだ。「責任」という概念は被害者感情と密接な関係にあるので、話し合いがなされないかぎり、その範囲を確定させる事ができない。話し合いにおいては、「経緯」や「理由」などについて考察しなければならないということだ。

乱暴な纏め方ですが、簡単にいってしまえば、基本的に「悪いかどうか」は経緯や理由を踏まずとも言えるが、「どの程度悪いのか」は経緯や理由についての考察が不可欠だということです。


提示していただいた無宗ださんの記事で、どこが「批判の為の批判」なのかよくわかりません。記事の内容は簡潔で分かりやすいし、彼の主張の大事なところだと思いますが。
stachyose |  2008.04.28(月) 15:59 |  URL |  【コメント編集】

♪何故歪むのかについて

「経緯」や「理由」を踏まえなければ悪事を止められないという考えを肯定してしまうことになるからです。今回のケースでは、相手の「責任」を追及する手法として中畑さんのそれが成功してしまうという先例をつくることになるでしょう。このときの「責任」の範囲は中畑さんによって一方的に決められている。しかし、本来は、責任の範囲は当事者同士の話し合いで確定するものであって、範囲が予め明確に決まっているわけではありません(中傷をしてはいけないなど、社会常識として最低限の範囲は決まっているけれど)。

自分の行動の責任範囲を考えなくてはならないのは当然です。中畑さんがどんな酷い言葉を投げかけてきても、当事者は自分の行動にも非があるとの認識に基づいて行動を改めるべきとの考えもあるかもしれません。では、具体的にどのように改めればいいでしょうか?それは中畑さんの被害者感情を正確に理解した上でないと決められません。現状だと、中畑さんの行為がストップするまで、当事者は永遠に模索しなくてはなりません。結果的に、中畑さんが考えている責任の範囲で決着することになるだろうと推測できます。そして、中畑さんは自分の行為が及ぼした負の影響に対する責任をとらずに終了するというおまけもつきそうです。

---「大人の外交とは?」のコメント欄でのやりとりに絡めて---

以上のことから、件の「一言」によって反映(指標)される態度を中畑さんが求めていることを当事者に伝えるのが先決だと考えます。中畑さんが今の手法を止め、普通に希望を伝達すればいいだけの話です。周囲の人が「一言」を提示するのでもいいでしょう。最終的に当事者が理解して納得し、それを自分の言葉で表明すれことが重要なのであって、そこに至る過程で誰かに依存することに問題はありません。自分で気付かないといけない理由がありますか?

最終的に理解して納得しているにもかかわらず、そこに至るまでに誰かの助けがあると無意味になるのなら、これまでの多くの人の働きかけも無意味でしょう。
stachyose |  2008.04.28(月) 16:04 |  URL |  【コメント編集】

♪ふふふ…

>成功してしまうという先例をつくることになるでしょう。

ってねぇ…。
反論は削除、意見は荒らしと見なして罵倒大会ってのがstachyoseさんの目指す理想的なブログだとでも言うんですかねぇ。

>中畑さんは自分の行為が及ぼした負の影響
不安をあおり立てるような風評を流布するのはやめてもらいたいですねぇ。
中畑 |  2008.04.28(月) 21:13 |  URL |  【コメント編集】

♪出直した方がいいのかな?私・・・・

stachyoseさんへ。

今までの会話の流れを見て、題字のような感想をもってはいます。
私の言葉足らずもあるし、きちんと説明できてないな~~とも、思うので。

~~~~~~
>>その「目的が曖昧ではないか」という理由として「伝え方に工夫が足りないのではないか」と話していた積もりでした。

>「伝え方に工夫が足りないのではないか」と感じるから「目的が曖昧だ」として、「批判の為の批判」というわけですね?

違います。
逆、です。
「目的が曖昧」と感じているんです。
それで、どうしてかと考えてみた時、「伝え方」かと思った、ということです。
他にも理由があるのかもしれないな、と私は思っていて、でも一つ見つけた、と言う感じで今回の記事をアップしました。

「批判」という言葉に対しての感覚も(私の中で)きちんと言葉にしていないまま、「批判のための批判」という言葉にしたのは、皆様のように議論になれていない(=亀さん思考の)私としては、早計だったかも知れません。
付き合わせてしまって、申し訳ありませんでした。

>「よく分からない」について、具体的にどの部分を指しているのか説明いただけると助かります。
此処についても、「具体的に」とまではまだ纏まっていないのです、私。

stachyoseさんは自分の見方をただ中畑さんに押しつけて、『これが正しいのだからあなたが行動を変えるべきだ』
中畑さんは『いや、それはあなたの見方であって、「正しい」かどうかとは別の次元である。私の見方はこうだ。だから自分が行動を変える理由はない』
そんなやりとりである、そう思いました。
そして、「何かを変えようとする」ときに、闇雲に一つのやり方を誇示するのもどうかな、と、私は思っています。
stachyoseさんに対しては『今まで中畑さんにはいろいろな方が同じようなことを言ってきていて、それに対して中畑さんはずっと「いや、自分の見方があるから」的なことを言っているのだから、本当に相手に変わって欲しいなら別の方法をとってみてはどうか?』
中畑さんに対しては『「いや、自分の見方がある」それを他の人に「伝えたい」のであれば、今までの方法では相手は頑なになるばかりだから、先ず自分が方法を変えてみてはどうか?』
根っこは、同じなんです。
何かを変えたいのなら、先ず自分が手を変え品を変え、やってみてはどうでしょうか?という。
論として立派なものより、「現実」を変えるものが欲しい、という。(論に意味がない、とまでは思っていません。)

そして、この言葉は、実は私に一番突き刺さる言葉なんです。
私は少なくとも現時点では「何も変えていない」のですから。
私、立派な論を考える頭はあまりないのですが、少なくとも言葉を紡いできた、という自負はあって・・・・それでも何も変えられていない、その「現実」をもって、自分の『何かを変えたいのなら、先ず自分が手を変え品を変え、やってみてはどうでしょうか?』という思い(=持論、という理解で結構です)は実践できていないのですから。

>>これは、私がstachyose さんとの会話でまともな反論を返していると思うか、ということですか?
>>中畑さんがstachyose さんとの会話でまともな反論を返していると思うか、ということですか?

>後者です。中畑さんの相手が私とは限りませんが。

少なくとも、中畑さんは「反論」をかえしていますよ。
中畑さんの見方はこうである、という。
ただstachyose さんと見方が違う、というのは違う人である以上当たり前で・・・・その考えがstachyose さんには理解できないことをもって「まともな反論」ではない、というのは早計ではないか、と思います。
中畑さんも、「これは自分の主観(=見方?)だから」という物言いをよくされていますが、それをもって「伝わらない」ことへの免罪符としている、伝える努力を惜しんでいるのではないかとも思います。
お互いが、「伝える努力を惜しんで、「まともな反論がない」としている」ように見えたので・・・・。

その見方が間違っている可能性もあります。
また、ではどうすれば、というところでも、「もっと相手の話を理解しようとしてみたら?」と言うことしかいえません。
そして、私自身がそれを実践できているかも分かりません。

話は続きますが、区切りがついたので投稿します。
アカリ |  2008.04.29(火) 03:56 |  URL |  【コメント編集】

♪見方の違い

stachyose さんに対して私が感じていた齟齬については
●協力する、ということ
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-937.html
に書きました。

~~~~~
見方の違い。

>、「経緯」や「理由」についての考察が解決に必要だと考えていることについての説明

私が先のコメントで「理解できない」と書いたのは、その事ではないのです。

●勘違い
http://stachyose.blog31.fc2.com/blog-entry-7.html
の記事本文中に分かりやすい記述があったので、すみませんが引用させて
頂きます。(あちらでコメントした方がいいのかも知れません。すみません。)

>行為を批判するというのはまさに「結果しかみない」ことなんだが、そんな当たり前のことが認識されていないことが、確かに混乱の一因だと思った。意図は関係ないんだよ。

私は、このstachyose さんが言われる「当たり前」のことを当たり前とは思っていないのです。
批判(http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E6%89%B9%E5%88%A4&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=16276915625900より):人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。
この意味であるなら、「意図」「経過」も必要と思っています。

あと、拙ブログコメントでの見方の違い。
>「経緯」や「理由」を踏まえなければ悪事を止められないという考えを肯定してしまうことになるからです。

私は、とある行為を「止めよう」とするときに、その行為に至った「経緯」や「理由」を踏まえなければ無理だと思います。

>では、具体的にどのように改めればいいでしょうか?それは中畑さんの被害者感情を正確に理解した上でないと決められません。

自分の行為に対して、被害者感情がある。
それが理解できれば、行為を変えることが出来ます。
「どのように」かは、人それぞれでしょう。
そして、どう変えればいいのか分からなければ聞けばいいのではないでしょうか。

どう変えればいいのか分からなければ聞けばいいのだから、
>現状だと、中畑さんの行為がストップするまで、当事者は永遠に模索しなくてはなりません。
とはならないと思います。
ただ、大切なのは自分で考えることであり、考えないのに闇雲に他人に聞いていてはいけないとは思いますね。また、他人の意見を聞いてどうするかは自分で決めることであって、他人の意見に迎合する事ではないとも思います。

>そして、中畑さんは自分の行為が及ぼした負の影響に対する責任をとらずに終了するというおまけもつきそうです。

今、中畑さんについて(少なくとも私が)強く言えないのは、「当事者」の方々にも非がある、そう思うからです。
「当事者の方々」が自らの非を正すのなら、残るは中畑さんの行為のみです。
その時は、「当事者の方々」の残した言葉がそのまま中畑さんの言葉の責任を追及するものになります。

私は、誰かを「批判」するのなら自らは身を正す必要がある、そう思っています。

>中畑さんが今の手法を止め、普通に希望を伝達すればいいだけの話です。
『最初に「希望」を伝えて、受け入れられませんでした。』
中畑さんはそう言っています。
それ故に今の手法になったと。
だから、stachyoseさんの意見は、中畑さんにとってみれば逆、なのです。
既に伝えたはずの「希望」を「当事者」の方々が理解して納得し、その「希望」について、自分の言葉で自分の考えを表明することが重要なのです。

・・・・その「理解し納得するために思考を重ねていく」その間は待って欲しい、私は中畑さんにただそれだけを伝えているのです。私のやり方がよくないのでしょうが・・・・。

>最終的に理解して納得しているにもかかわらず、そこに至るまでに誰かの助けがあると無意味になるのなら、これまでの多くの人の働きかけも無意味でしょう。

『既に伝えたはずの「希望」を「当事者」の方々が理解して納得』する過程においては、誰かの助けが必要かも知れません。
自分一人で「理解し納得」していれば今まで長引くことはなかったのでしょうから。

でも。
助けられること、と依存すること、はまた違います。
助けられる、というとき、考える主体はあくまで「助けられる人(=「当事者」)」です。
依存する、というとき、考える主体は「依存される側(=中畑さんであったり、第三者であったり・・・・)」です。
誰かに依存する、そのことが「自分で考えていない証」になってしまうのです。

ですから、
>そこに至る過程で誰かに依存することに問題はありません。自分で気付かないといけない理由がありますか?

問題があると思います。
「自分で考えない」ということは、「自分では解決する気はない」ということにもなると思います。
アカリ |  2008.04.29(火) 06:34 |  URL |  【コメント編集】

♪わっ。


気づきませんでした。

>批判の為の批判になっていないか?
>否定の為の批判になっていないか?
>そこが懐疑的である。

私宛でしたか。

うーん。
「李下に冠を正さず」ということをいいたかったのだが。

TBしました。
これなら、どうでしょうか?
無宗だ |  2008.04.29(火) 06:42 |  URL |  【コメント編集】

♪拝見しました。

「脅迫行為と受け取られる」発言をした際の対応としては、
無宗ださんのおっしゃる、
『(1)脅迫行為と受け取られるような書き込みをしたことを謝罪する。
(2)脅迫の意図はなかったことを述べ投稿の撤回を宣言する。
(3)改めて、自分の意図が正しく表現した書き込みを行う。』
という対応が望ましいと、私も思います。

でも、御記事(1)(2)を拝見した限りでは、angrer_j さんの発言に対して「脅迫行為」という前提で話が進んでいました。
そうすると、「意図としては脅迫行為ではない」という論も出てきますよね。

angrer_j さんに対して、先ず『脅迫行為かそうでないかの論ではなく、そう妃さんには受け取られているのだから謝罪すべき』と進言なさればいい、と思いました。
元々がangrer_j さんも妃さんも話題にはしないようにしようとしていた、そういう話を記事にして「脅迫行為であるか否か」を論じることには異論がありました。
それ故、『何を目指すものとして為されるべきを考えるべきである。』と書かせて頂いていました。

今回の記事、とても分かりやすかったです。
ありがとうございます。
アカリ |  2008.04.29(火) 07:01 |  URL |  【コメント編集】

投稿内容を、素直に読めば、脅迫だと考えています。

意図を無視して、素直に文章だけ読んで、解釈してみませんか?
いかがでしょうか?


国語の試験であの文章が出て、
内容を解説するとしたら、
どう説明しますか?


無宗だ |  2008.04.29(火) 07:25 |  URL |  【コメント編集】

>投稿内容を、素直に読めば、脅迫だと考えています。

その話を、無宗ださんの所で続けること自体が、妃さんの為にもならないのではないかと思います・・・・

~~~~~~
「脅迫」という話と言うことのお返事として、此処で書きますね。

国語の試験で出されるとしたら、ということですが。
物語(という表現はあるいは不適切かも知れませんが)の最初、妃さんがangrer_jさんに話しかけたコメント、
『angrer_jさんへ

中畑さんのことについて、結構前からここで記事になってるのに
何故、今更? 何故、今、この時に?
なんか、KYって感じ…です。
2008/4/13(日) 午前 0:18 妃』
の言葉が、妃さんの意図とは無関係に、angrer_jさんのコメントを排除してしまうものとなる、そこにも目を向ける必要がある、とも思います。
その上で文章の内容は判断されるもの、だと思っています。
アカリ |  2008.04.29(火) 07:44 |  URL |  【コメント編集】

>その上で文章の内容は判断されるもの、だと思っています。

ここが、私には理解できないのですよ。
すべてを知らなければ、判断・発言してはいけないとなったら
誰も何も言えなくなりますよ。

絵画を楽しむには、ただ眺めればいい。
もちろん「作家の伝記や、時代背景、その他」を知れば、味わいは深まるかもしれません。
だけど、それを知らなくても、絵画の評価はできるでしょう?

PS:
>妃さんの為にもならないのではないかと

これは、今のまりりんさんがらみのことを意味しています?
それとも別件?

PS2:
>その上で文章の内容は判断されるもの、だと思っています。

具体的に、考慮した場合と、考慮しない場合で、どういった違いが発生するのでしょうか?
文章理解において。
無宗だ |  2008.04.29(火) 08:04 |  URL |  【コメント編集】

<アカリさん>
>そうすると、「意図としては脅迫行為ではない」という論も出てきますよね。

これに関しては、これを認めるとどうなるかを悪例で示しました。

>angrer_j さんに対して、
>『脅迫行為かそうでないかの論ではなく、そう妃さんには受け取られているのだから謝罪すべき』と進言なさればいい、と思いました。

いつ、思ったのですが?
誰がどのタイミングでするべきだったと言われるのでしょうか?


>元々がangrer_j さんも妃さんも話題にはしないようにしようとしていた、
その根拠を教えてください。

>そういう話を記事にして「脅迫行為であるか否か」を論じることには異論がありました。
>それ故、『何を目指すものとして為されるべきを考えるべきである。』と書かせて頂いていました。

私としては、「ノーコメント」で終わりたかったのですが、
その後も、暴言だとのクレームがあったので回答の必要を感じました。

=============
望実さん、無宗ださん。

私の行為は「脅迫行為」になるのでしょうか?
また「営業妨害」になりますか?

2008/4/18(金) 午後 1:15 [ angrer_j ]
---
ノーコメント

論点のずれた議論の論点に興味はありません。
論点に集中していただければと思います。

2008/4/18(金) 午後 1:22
---
脅迫行為と言い出したのは、無宗ださんですよね。

私は一般論として、こうしてブログが荒れていくといった事を実例として、指摘しているつもりですが?
某氏は感情でここに書き込みをしていますが、私はそのつもりはないようにコメントしていますが、論点がずれていますでしょうか?

脅迫行為とは、暴言だと感じます。

2008/4/18(金) 午後 1:34 [ angrer_j ]
無宗だ |  2008.04.29(火) 10:03 |  URL |  【コメント編集】

♪無宗ださんへ。

すみません、いろいろコメント頂いていて、コメント欄での回答は長くなりすぎるので・・・・新エントリー作ります。

少し時間がかかると思います・・・・すみません。

出来たら、リンク貼りに参ります。
アカリ |  2008.04.29(火) 13:41 |  URL |  【コメント編集】

♪無能よ喃

>すべてを知らなければ、判断・発言してはいけないとなったら誰も何も言えなくなりますよ。

前にも書いたと思うが、それを言ってるのは無宗ださんだけなんじゃない?
忘れた?
ちゃんとしてよ、まったくさ。
中畑 |  2008.04.29(火) 15:36 |  URL |  【コメント編集】

♪う~んと。

「(この文章を読んだ限りでは)~と感じた」
「(最近のやりとりしか知らないけど)~だと思う」

上記のような、書き方は括弧内の言葉が省略されていても話は通じると思う。

でもさ、悪行断罪するなら、ある程度の把握は必要でしょ。

とにかく、大量コピペは良い事ではない。
これは事の経緯と関係なく悪い行為では、ある。

もしもこれが言いたいのなら、一般論として書けばよいと思います。
名指しで言ったら、その時点で、事の経緯を知る必要が出てくる。

「事の経緯は関係なく、中畑氏は悪い事をしている」
これは前提としてすでにあって、その上で、皆さん話されているのではないのかな?(少なくとも私はそうですが)

で、「中畑氏は悪い事をしている」
こればかりを言って、悪い事を認めなさいと言っても、
事の解決にはならないと思う。
(だって、中畑氏は分かっていてやってるから)(多分)
angrer_j |  2008.04.29(火) 19:37 |  URL |  【コメント編集】

♪無宗ださんへ 1

先ず。
『PS:
>妃さんの為にもならないのではないかと

これは、今のまりりんさんがらみのことを意味しています?
それとも別件?(2008.04.29(火) 08:04)』

への回答は、
●「変だなあ?」という感覚の意味
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-943.html

に、書かせていただきました。(もうコメントいただいているので、ご承知と思いますが、念のため。)

そして、http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-943.html#comment2814に書きましたが。
『1.無宗ださんの言葉ではなく、あくまで妃さんとangrer_jさん の言葉であるわけです。公開されたコメントという性質上、別に使用自体は構わないと私は思いますが・・・・「蒸し返す」意図はなくても「蒸し返す」結果となるのでは、ということを先ず危惧しました。』

記事アップという行為自体が、この問題を「蒸し返す」意図はなくても「蒸し返す」結果となると思うので、此処のコメント欄で出されたご質問については此処のコメント欄でお返事させて頂きます。
2008.04.29(火) 13:41 のコメント内容とは違いますが、ご了承くださいませ。


~~~~~

>すべてを知らなければ、判断・発言してはいけないとなったら

私はそのようなことを申し上げたつもりはありません。
ただ、目に見えるものの中で「この事態は取り上げる」「この事態は取り上げない」とすることによって、偏った結論を出す可能性を危惧している、ただそれだけです。

また、「文章の解釈」を「絵画の評価における作家の伝記や、時代背景の考慮」と例えることは、その例えが不適切と思います。


>具体的に、考慮した場合と、考慮しない場合で、どういった違いが発生するのでしょうか?

・考慮しない場合:言葉一つを以て、他人の意図を判断する危険な行為と私は思います。
(でも、あえて書くなら、「脅迫」かもしれないな、とは思うと思います。)

・考慮する場合:KY発言、HN発言、そしてそれに対する謝罪発言、それらすべてを考慮の対象とします。
そして・・・・・これは該当コメントがなされた記事を提示することによって、閲覧者各人が判断できるものでも、あります。
(あえて書くなら、私は「脅迫行為」とはいえないと、そう思っています。)


>>angrer_j さんに対して、
>>『脅迫行為かそうでないかの論ではなく、そう妃さんには受け取られているのだから謝罪すべき』と進言なさればいい、と思いました。


>いつ、思ったのですが?
>誰がどのタイミングでするべきだったと言われるのでしょうか?


私が思ったのは、この記事(=何の為に批判するか?)を書いたときです。

また、「誰が」「どのタイミング」かについては・・・・少なくとも無宗ださんが
●「脅迫行為」発言に関して
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/53048005.html
をアップする前に、先ず、無宗ださんが為すべきであったと思います。



>その根拠を教えてください。

●「変だなあ?」という感覚の意味
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-943.html
内の、
『何故なら。

1)物語が、妃さんのangrer_j さんに対する最初の発言、それを受けてのangrer_j さんの妃さんへの発言、そこに端を発していると思うのに、そこに触れないのは不自然と思ったから。
(そして、これらの話題はお二人とも蒸し返すことを好まない様だ。)

2)少なくとも、angrer_j さんのコメントは妃さん宛てである。
それに対して、妃さんは結局、

(前略)
じゃ、これで答えたからもう話しかけないで下さいね。
勿論、強制ではなく心からのお願いです。
2008/4/20(日) 午後 5:24 妃

と、書いている。』という部分で回答済みと考えています。
アカリ |  2008.05.05(月) 08:03 |  URL |  【コメント編集】

♪無宗ださんへ 2

(「コメント内のURLの数が超過している、とのことですので、コメント2つに分けました。)


>私としては、「ノーコメント」で終わりたかったのですが、
>その後も、暴言だとのクレームがあったので回答の必要を感じました。


貴記事「「脅迫行為」発言に関して 」の記事の主題が、私は「先ず謝罪せよ」というものである、と思っていました・・・・ですから、
貴記事
●「脅迫行為」発言に関して (3)
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/53170144.html
ではその旨コメントし、拙記事「「変だなあ?」という感覚の意味」でもその旨書きました。

無宗ださんが
●記事増殖の訳(「脅迫行為」発言に関して 番外2)
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/53236558.html
においてお書きのように、
>■ 「脅迫行為」発言に関して
>■ http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/53048005.html
>この記事のアップの最大の理由は、
>angrer_jさんの度重なるこだわりに正式に回答することだった。
>●主題は、「私の脅迫行為発言は暴言ではない」です。

主題は「私の脅迫行為発言は暴言ではない」なのですね。

私は「「脅迫行為発言は暴言ではない」発言に関して (3)」で発言しましたとおり、「脅迫」の件については、貴記事にコメントに行くつもりはありません。

何故なら、
●「脅迫行為」との無宗ださんの発言が、適切であるとの論拠に乏しいという方々のコメントに対して、無宗ださんの回答がまだ為されていない。

●他の人のコメントに対して無宗ださんが「脅迫行為」と「断じる」だけの権威はない。
(参考拙記事:●「評価」ということ
         ●)http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-939.html

からです。

先ずは、ご自分のブログの中の『コップの中の波』を納めてくださいますよう、お願いいたします。
アカリ |  2008.05.05(月) 08:06 |  URL |  【コメント編集】

♪angrer_j さんへ。

>でもさ、悪行断罪するなら、ある程度の把握は必要でしょ。

そう思います。

私は「判断するなら、経過等を鑑みるべき」と思っていて、別の方(おそらく、その方は無宗ださんと同じ考えをお持ちと思います)には『行為が悪い結果を引き起こしていることを指摘するのに「発端」や「経緯」、また行為に及んだ「理由」などに言及する必要はない。』と言われていて、その差異についてあれこれ考えていたところでしたが・・・・少しまとまった気がします。

少し、書かせてください。
「指摘」と「判断」は、違う意味の行為ではありますが、個人に対して「指摘」することは、その行為に対しての自分の「判断」を伝える行為、ともなります。

そして。
>「事の経緯は関係なく、中畑氏は悪い事をしている」
>これは前提としてすでにあって、その上で、皆さん話されているのではないのかな?(少なくとも私はそうですが)

私を含め、そういう前提の上で話されている方は多いと思います。
そして。
中畑さんはご自分の行為が「狂気に対抗するための狂気である」と言っておられました。

私が齟齬を感じる話し相し相手(angrer_j さんのことではありません、念のため)へのお返事がてら、この事についてもう少し書いてみたいと思います。
気づきのきっかけとなるコメント、ありがとうございます!
アカリ |  2008.05.05(月) 08:19 |  URL |  【コメント編集】

♪stachyose さんへ。

http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-937.html#comment2840にも、書きましたが。

stachyose さんと私の間の齟齬について。
すみません、少し考えてから、また記事かコメントかで書きたいと思っています。

亀さん思考なもので、すみません・・・・。

~~~~~~
5月6日追記:
記事にしました。
●差異
http://planetnine.blog97.fc2.com/blog-entry-948.html
トラバもしていますが、送れないようですね・・・・。
アカリ |  2008.05.05(月) 08:33 |  URL |  【コメント編集】

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「脅迫行為」発言に関して (3)

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2008/04/23(水) 18:12:46 | お玉おばさんでもわかる 政治のお話
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