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2008.07.03 (Thu)

知的に不誠実な批判 2

知的に不誠実な批判 の記事について、さららさんから 知的に不誠実  の記事内でお返事を頂いた。

その記事では別件のお返事も頂いているんだけど、今回は「知的に不誠実な批判」について考えたいので、割愛。(話を変な風にしたくはないものね・・・・)


【More・・・】

で、私が言いたいのは、個人を特定しなくても、「一般論」や「経験から」という言い訳を付け足してあっても、「悪口」は「悪口」であり、「人格攻撃」は「人格攻撃」だ。ということです。

そして、だからこそ、名指しをしない批判、非難、悪口は、『知的に不誠実』なんです。
これは、黒羊さんの言うとおり、miracleさんからの受け売りです。
その“受け売り”の私なりの解釈は。

1)その言い分や経験が「事実」かどうか確認できない。ゆえに「反論」が不可能。
2)その言い分や経験が「事実」と違うという反論に対して、“そのこと”を言っているのではない、と言って「反論」を封じ込めることができる。
3)振り向いた人を「振り向くバカ」呼ばわりができる。ゆえに「反論」しにくい状況を作れる。
4)自分のことだと思って反論した人に、“あなた”のことではない、と言って「反論」を封じ込めることができる。

で、miracleさんの「批判」の矛先となっている多くのブログは、「反論」を受け付けないブログであるがゆえに、「批判」されているのだ、と思ってます。
そして、「一般論」や「経験から」という言い訳を付け足してあるものも含めて、名指しをしない批判、非難、悪口は、“「反論」を受け付けない”という部分で、全く同じことをしているんです。

だから、『知的に不誠実』です。
言葉を替えて言うと「自身の発言に対する責任の放棄」です。



あ、成程・・・・。
違和感のある場所はあるんだけど、概ね理解できたし、納得できた。


で、少し、自分の考えをまとめたくて、言葉を続けてみる。

要するに、「反論を受け付けない」ということは「自身の発言に対する責任の放棄」、ということであり、それを『知的に不誠実』と表現している、ということか。

そこまでは、納得できる。
知的に不誠実な批判本文中に書いたけど、『名指しをしない批判は「反論」できないから、不誠実、ということだとは思う』とは、思っているんだよね。

ただ、どう「反論」できないか、までは、考え深めてなかったから・・・・さららさんの言葉がありがたくも感じたし、同時に「もっと自分で考えてみてはどうだっただろうか」という反省点は残る。


で、ここからが納得できないでいるんだけど・・・・・

1.特定個人・特定多数の人を意図した「名指しをしない批判・非難・悪口」であるならば、それに対して当人(達)から、何らかの反応が返ればそれに対して応えるのが「誠実」だと思う。

つまり、「名指し」をしようがすまいが、そのこと自体に私は意義を見いだしていないのよね。
 
誰か宛の言葉を発し、それに対して何らかの反応が返ってきたのなら、それに対しては応えるべきだと思っている。
連絡なしに反応されると、見つけられなかったりするので、そこまで応える必要はないのかなあと思っているのだけど。
 
2.不特定多数の人を意図した「名指しをしない批判・非難・悪口」であっても、誰かから何らかの反応があれば、それに対して応えるのは礼儀かなあと思っている。

名指しをしないという状態でも、「反論を受け付ける」態度であるべきだし、「自身の発言に対する責任の放棄」はしてはいけない。
そういうことだと、思うんだけどね。

3.違和感を感じることが、主に二つある。
1)「反論を受け付けない」「反論を封じ込める」ということ。
これって、「名指しをしない」という手段をとらなくても、可能。

あ、此処の意味は「知的に不誠実」という状態が「名指しをしない」という状況だけではない、ということ。「応えない」のも、「知的に不誠実」なのかなあ、とは思っている。

2)「振り向いた人を「振り向くバカ」呼ばわりができる」ということ。

私は、この場合は「振り向いた人」は、自己が他者からどうみられているか気にしている人、ってだけだと思うし、「振り向くバカ」というのは適切でないと思っているのよね。
(反応するかどうかはともかく)気にして自省に生かせればそれでよし。
怖いのは、「自分のことではない」と、自分を省みることなく素通りしてしまうことだと思っている。
(そうならないように気をつけているつもりだけど、なかなか鈍くて上手くいかない・・・・(苦笑))

今は、そんなところかな。
EDIT  |  00:38  |  ちょい真面目<心理・思想>  |  TB(0)  |  CM(4)  |  Top↑

Comment

♪一般論は不誠実?

「悪口」は一般論であろうが特定個人に向けてであろうが
知的に不誠実だと想います。

一般論だと反論が封じられるというのは可笑しいな話です。
一般論を言われたのなら一般論として反論すれば良いだけのことです。
ysigle |  2008.07.05(土) 09:48 |  URL |  【コメント編集】

♪考えが纏まらない・・・・(苦笑)

ysigle さん、コメントありがとうございます。

>「悪口」は知的に不誠実

あ、すみません。
そこは考えていませんでしたね・・・・。
ご指摘、ありがとうございます。

ただ、何をもって「悪口」というか?というものでも、考えが纏まらないでいるんです。
とある個人のスタンス、というか、「こう考える」というものが、別の(そのスタンスを支持しない)人にとっては「自分への悪口」ともなりうる訳ですよね。
また、個人の資質についての自分の考えを話すことが(その資質について否定的に思っている場合)「悪口」ともなりうる。

ただ、とある問題について私の考えを話したり、解決に向かうためにそれが必要と思えば、おそらく私は言うと思うのです。
それが「悪口」であるかもしれない、そこは承知の上で。
言ってしまった段階で「知的に不誠実」なのだとしたら、そこからどう話していけばいいか、もう戻れないものなのか、というのがどうにも纏まらなくて。

>一般論を言われたのなら一般論として反論すれば良いだけのことです。

あ、そうですね・・・・
「私のことでしょう?」と、問題を自分に特化してしまうから、「いや、あなたのことではない」という話になるわけで。
ただ、「自分のことではないか?」と自省することも必要、と思ってもいます。
そうした視点からは、「一般論としての反論」は、難しくなりますよね・・・・。
アカリ |  2008.07.07(月) 18:57 |  URL |  【コメント編集】

♪悪口の定義

悪口の定義を拡げ過ぎると言論の全てが悪口になってしまう。

私の使った悪口の定義は
客観的な根拠の提示もなく他(人、モノ、言説)を悪く言うこと

一郎さんが「Aの方法が一番良い方法だ」と主張したら
「Bの方法が一番良い方法だ」と思っている次郎さんは
「馬鹿にされた」「悪口を言われた」と想うかもしれないが
これは悪口ではない。

これを悪口だと言ってしまったら
「Bの方法が一番良い方法だ」という次郎さんの主張も
一郎さんへの悪口になってしまう。

しかし一郎さんが「馬鹿な人はBの方法が一番良い方法だと思っている」と言ったら悪口になってしまう。
ysigle |  2008.07.08(火) 12:49 |  URL |  【コメント編集】

♪ありがとうございます。

>悪口の定義を拡げ過ぎると言論の全てが悪口になってしまう。

そうですね・・・・仰るとおりです。
失礼しました。

もやもやとしたものはあるのですが、言葉にまだ出来ずにいます。
もう少し、考えてみます。

ありがとうございます。
アカリ |  2008.07.10(木) 07:08 |  URL |  【コメント編集】

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